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(無題)

 投稿者:削除してもらえますか。  投稿日:2012年 2月16日(木)14時16分21秒
  ちゃんと読んでなかったので間違えたみたいです。
情けないばっかり
 
 

(無題)

 投稿者:ありがとうございます。  投稿日:2012年 2月16日(木)14時12分27秒
  新しい命を守っていただいています。
 

川崎フロンターレの飛行機で調布入り

 投稿者:ミネ  投稿日:2009年 9月 7日(月)00時05分26秒
  http://www.jsgoal.jp/news/jsgoal/00083110.html

http://www.jsgoal.jp/news/jsgoal/00083110.html

 

博士が100人いる村

 投稿者:ミネメール  投稿日:2008年 9月20日(土)08時22分54秒
  http://www.geocities.jp/dondokodon41412002/index.html

http://www.geocities.jp/dondokodon41412002/index.html

 

森田一義氏から赤塚不二夫氏への弔辞

 投稿者:ミネメール  投稿日:2008年 8月 7日(木)21時57分6秒
   タモリさんの弔辞は以下の通り。

 「8月の2日に、あなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが、回復に向かっていたのに、本当に残念です。われわれの世代は、赤塚先生の作品に影響された第一世代といっていいでしょう。あなたの今までになかった作品や、その特異なキャラクターは、私達世代に強烈に受け入れられました。

 10代の終わりから、われわれの青春は赤塚不二夫一色でした。何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいなことをやっていたときに、あなたは突然私の眼前に現れました。その時のことは、今でもはっきり覚えています。赤塚不二夫がきた。あれが赤塚不二夫だ。私をみている。この突然の出来事で、重大なことに、私はあがることすらできませんでした。

 終わって私のとこにやってきたあなたは『君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。それまでは住む所がないなら、私のマンションにいろ』と、こういいました。自分の人生にも、他人の人生にも、影響を及ぼすような大きな決断を、この人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。それから長い付き合いが始まりました。

 しばらくは毎日新宿のひとみ寿司というところで夕方に集まっては、深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタをつくりながら、あなたに教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。ほかのこともいろいろとあなたに学びました。あなたが私に言ってくれたことは、未だに私に金言として心の中に残っています。そして、仕事に生かしております。

 赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。マージャンをするときも、相手の振り込みで上がると相手が機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしか上がりませんでした。あなたがマージャンで勝ったところをみたことがありません。その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかしあなたから、後悔の言葉や、相手を恨む言葉を聞いたことがありません。

 あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折みせるあの底抜けに無邪気な笑顔ははるか年下の弟のようでもありました。あなたは生活すべてがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀のときに、大きく笑いながらも目からぼろぼろと涙がこぼれ落ち、出棺のときたこちゃんの額をピシャリと叩いては『このやろう逝きやがった』とまた高笑いしながら、大きな涙を流してました。あなたはギャグによって物事を動かしていったのです。
 あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と。

 いま、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が思い出されています。軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、そして海外でのあの珍道中。どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。最後になったのが京都五山の送り火です。あのときのあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。

 あなたは今この会場のどこか片隅に、ちょっと高いところから、あぐらをかいて、肘をつき、ニコニコと眺めていることでしょう。そして私に『お前もお笑いやってるなら、弔辞で笑わせてみろ』と言っているに違いありません。あなたにとって、死も一つのギャグなのかもしれません。私は人生で初めて読む弔辞があなたへのものとは夢想だにしませんでした。

 私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言うときに漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。あなたも同じ考えだということを、他人を通じて知りました。しかし、今お礼を言わさせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の一つです。合掌。平成20年8月7日、森田一義」
 

医療事故被害者を冒とくする木村副大臣は辞めよ! 厚生労働委員会

 投稿者:ミネメール  投稿日:2008年 7月30日(水)20時49分18秒
  医療事故被害者を冒とくする木村副大臣は辞めよ! 厚生労働委員会 (2003/04/23, 05/21)
 木村義雄厚生労働副大臣は4月18日に「医療事故の弁護士は医療をネタに稼ごうというおかしな人達だ」と発言、医療事故被害者から厳しく指弾されました。
しかし、木村副大臣は逃げるばかり。被害者の家族からの会見申し入れに対しても誠実に応じようとしません。
厚生労働委員会で何度となく追及しました。

 木村副大臣は「慎重さを欠いた発言だった」と言を左右にしてごまかしに終始しました。

 この問題がまだ委員会で論議されている最中に、今度は柔道整復師会に対し厳しい通達を出そうとしていた厚生労働省に対して圧力をかけて、通達を止めさせたことが表面化しました。
しかも、同団体から多額の政治献金を受けていたのです。

 二度にわたる集中審議などで、阿部知子をはじめ野党の委員は「政治献金を受けた団体のために手心を加えた」と追及しましたが、「そのようなことはいっさいない」と逃げ回りました。

 厚生族がこれまで厚生行政を歪めてきたことは周知の事実です。
そもそも多発する医療事故は日本の医療が抱える深刻な問題であり、その解決のために副大臣は先頭に立たなければならないはずです。
被害者を冒とくし、特定の団体のために動くような副大臣は即刻辞めるべきです。しつこく追及していきます。

http://www.abetomoko.jp/kokkai/156/156k_kousei-16.html

 

ヘルペス脳髄膜炎という病気をして

 投稿者:ミネメール  投稿日:2008年 5月26日(月)01時20分3秒
  http://www.lifestudies.org/jp/kanso017.htm
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ヘルペス脳髄膜炎という病気をして

Higuchi

 私は今年の7月で29歳を迎えます。ここ10年間の間に想像もつかない事が起こりま
した。これから書く内容は嘘偽りもない事実です。
 私は1990年3月1日に地元の高校を無事に卒業しました。その日は卒業式だというのに
朝から雨が降っていました。とても3月とは思えないほどの寒さでした。
 1月の下旬から風邪をひいてしまってなかなか直りませんでした。
 でも、4月から大阪にある調理技術専門学校に通学する事になっていたのでバイトを
して少しでも大阪での生活費の為に働いていました。バイトの休みの間は地元の中学
の友人数名と別れを惜しんだりしていました。同級生が私のために送別会を開いて
くれました。そして、その席で私はおかしな行動をとっていたそうです。友人の1人
がケーキを買ってきてくれましたが私はそのケーキを右手で握り潰してしまったり、
最後だからと友人達に大切にしていたアクセサリーやバツクなどをあげていたそうで
すその当時の友人は「大切にしてるのに悪いな。でも、R子の気持だから。」と思い
ながら遠慮せずにもらっていたそうです。
 そして、大阪に向かう前日に私はこたつの上で「ほんとうは大阪に行きたくないけど
行かなくちゃいけない!」と言って大声で泣いていたそうです。うちの両親は「無理
していくことない。学校は関東にも沢山あるんだから」と言ったら私が「大丈夫、大
阪に行くよ。」と言って2階の自分の部屋に行ったそうです。そして翌日の4月1日に
両親と兄の運転で大阪に向かいました。浜名湖インターで京都の友人に電話をかけた
直後に私の様子がおかしくなり始めたそうです。電話ボックスのガラス壁を思いっき
りけ飛ばしたり、大阪の寮に着いたとたん知らない人の部屋にズケズケと入ったりし
て、突然「私は身も心も裸です。」と言っていきなり服を脱ぎだしたり、帰りの高速
道路を走行中にも運転している兄の頭を魔法瓶で思いっきり殴ったりしたそうです。
その直後に私が頭をかかえて「お母さん、頭が痛いよ。頭が割れるようにいたいよ。
」と言ったそうです。
 自宅に到着して翌日の朝、私は何もなかったように元気だった。そして「お父さん、
疲れたでしょコーヒー入れたから飲んでね。外に行って朝刊を取ってくるね。」何分
たっても私は戻ってこなかったそうです。隣に住んでいる幼なじみの男の子が「おば
さん、R子が変だよ。人が寝ている所に勝手に入って来た。」
 うちの両親は今までの私の異常な行動に私が精神病になってしまったと思い市内にあ
る精神病院に私を入院させたそうです。隔離室に入った私は便器の中にシーツや下着
などを突っ込んだりしてたそうです。先生がうちの両親に「親族の中で精神病の方は
いますか?」と聞いたそうです。
 もちろんうちの親戚の中には精神病の人はいませんでした。
 精神科医が「もしかしたら脳疾患でこの子はおかしくなっているかも知れない。
ある総合病院に知り合いの神経内科医がいます。すぐに転院の手続きをしましょう」
そして私は骨髄液を調べた結果 ヘルペス性脳髄膜炎と診断されたそうです。第一級
相当の病気なのでICUの個室は無料だったそうです。
 脳波計は、とても人間の脳波とは思えない状態で、体温が43度以上も出て体温計の針
が吹っ切れたそうです。全身は水膨れで体の皮が剥がれたそうです。舌は顎まで伸び
体はバタバタと波打ち、まるでエクソシストという映画に出て来るようだったそうで
す。私は呼吸が2度停止したそうです。肺炎併発で2度も気管切開をしました(反回神
経麻痺)点滴は一本数十万を4日間し、これ以上点滴をすると私の体は副作用で肝臓な
どがおかしくなります。と言われ、もうこれ以上私の体に点滴の針が刺さるところが
なくなるまで点滴をし、うちの母が先生に「うちの娘をどうか助けてやって下さいお
願いします。」と言ったら先生が「医療には限界があります。お母さん、神様の奇跡
を信じるしかありません。」と言われたそうです。ただただ神様の奇跡を待つしかな
かったようです。
 私が意識のない時、両隣の集中治療室の患者さんは入れ替わり立ち替わりと亡くなっ
ていったそうです。元気になってから私が聞いた話では他の病室の患者さんたちが
「次はあの若い女の子の番かな。」と噂をしていたそうです。
 ある脳神経科医はうちの母に「この子は、たとえ意識が戻ったとしても一生植物人間
になるでしょう。」と言ったそうです。母は「娘は絶対に目を覚ます。大切にしてい
た長い髪の毛を看護婦さんに切られて、意識不明の私の閉じた瞳から涙がこぼれ落ち
たときR子はきっと長い眠りに着いているだけだなんだ。」と思ったそうです。
 病室の外は5月の台風で草木が揺れていました。そして雨がやんで太陽の日差しとと
もに外にある木に一匹のカッコーが鳴いたそうです。
 それは、もう5月下旬の頃でした。私は約40日間ぶりに意識を取り戻したしたんです。
目を静かに開けると天井が見えました。そして、久しぶりに母の顔が見えました。
泣いていました。うちの母が泣いていたんです。自分自身何が何だかわかりませんで
した。そして。担当医が「R子さん、わかりますか?先生の言葉がわかったなら目を2
回瞑って下さい。」私は瞬きを2回しました。
 周辺から拍手が聞こえてきました。でも私は動けなかった。口の中が鉄分の味がして
いました。私が意識のない時、枕の近くに血にまみれた前歯が3本落ちていました。
母は私の抜け落ちた歯を形見にしようと考えていたそうです。
 その時、私は声だすことができませんでした。話すことが出来なかったのです。自力
で呼吸が出来なかったので気管切開をし人工呼吸器を付けていたからです。
 鼻が苦しい。鼻が痛かった。鼻に入れていた管で鼻の穴の付近が膿んでいた。利き腕
である右腕が動かない。動いたのは点滴を刺していた左腕だけでした。
 お尻も痛い、両足の足の裏が変な感じがしました。靴下みたいなものを履いている。
それは靴下ではなくて包帯でした。長い間同じ姿勢で寝ていた為、床ずれが出来てい
たのです。
 でも、正直言ってあの頃は周囲の友人や叔父さん叔母さんが私を見る度に泣いたり
病室から出て行ったりと本当は私が大声を出して泣きたかったです。
 あっそうそう病室から映る外の光景は不思議でした。映る人、車などが全てスローモ
ーションに見えていました。人の話し声も耳鳴りというかビデオによるスローモーシ
ョンで喋っているように感じました。
 そして、目が覚めてから1週間たったときに私は大阪に自分が行けなかった事、そして
恋人のことを考えました。大阪に行っていると思っている恋人に現状を会って話した
いけどベットにいる私は声も出ない第一、前歯が3本ない。みっともない。
 長い髪の毛はザクザクト切られて男みたい、右手も動けないし37度5分と微熱が下が
らない。絶対に会うことなど無理だとわかったら気が狂いそうになった。
 そんな私をうちの母は何とか励まそうと私を笑わせました。
 女性週刊誌は林真理子結婚。ヤックンと石川秀美も結婚。そして人面魚の特集。
星占いは蟹座のあなたはとってもラッキーです。だって!「何がラツキーだよ。アン
ラッキーじやないのよ。」悔し涙を流しながら笑ったらとても苦しかった。
 気管切開した穴から潮吹きのように痰が飛び出しました。そうこうしているうちに私
の19回目の誕生日がやってきました7月11日に栃木県にあるS病院にリハビリのために
転院しました。
 この病院は温泉治療を目的としているので1日に3回は温泉に入っていました

 老人が全体を占め若い子は交通事故で脊髄を骨折した女の子と私だけでした。
 この病院は山の上の丘に建っているので木々などの緑が沢山ありました。
 でも、私は友人たちが進学や就職などで忙しく生活をし楽しんでいるのに私だけが
1人取り残されたような気がして嫌で嫌でたまらなくていつも泣いていました。
私はリハビリを一生懸命しました。早く大阪に料理の勉強をしに行きたかったから。
 そして、恋人にも早く会いたかった。
 そして、約5ヶ月後に半ば強引に退院をして翌年の4月に大阪の学校に行きました。
でも3ヶ月後、合宿している時マラソン中に呼吸困難になり、病院通い学校も休む
事が多くなりました。試験中に右手が突然痺れて包丁を落とすようになり登校拒否、
そして自主退学・・・・
 大阪から戻って、恋人には「専門学校も行けないようじゃ僕と君は釣り合わない。」
と別れを告げられ、友人とも離れて私は自分の殻に閉じこもってしまいました。
 約3年間、ひきこもりの状態でした。
 ある時、このままじゃいけないと思い、以前入院していた精神病院で調理師の受験資
格を取得するために給食の調理員として働きました。でも、1年間しか続かなかった
のですが、ある出会いによって今の夫と知り合って結婚しました。
 正直言ってあの頃の私は心身共に誰も信じられませんでした。
 同情だったらいらない。私の事なんかと卑屈になっていましたが、主人は私の全てを
受け入れてくれました。
 病気をする前は、自己中心的で刺激的な生き方を求めていました。
 健康である事が当たり前で親や友人や恋人がいつも近くにいて、そんな生活に退屈さ
や物足りなさを感じていました。
 そして、自分の人生を変えてしまうほどの病気をしてしまった。
 病気を受け入れることが出来なくて自分の周りの人、友人を羨ましく妬ましく
思っていました。時には、「あんたなんかに私の病気わかるわけないよ。あんたに私
の気持解るわけないでしょ。」と言っては友人を泣かせたりしていました。
 喉の傷を気にして襟のない服は着ない。自分の病気を隠したりしていました。
 でも、今は喉の傷跡を見る度に入院中の辛かった日々を思い出しては「今のつらさな
どあの時と比べたら幸せ。大声で泣くことも出来るし、なんと言っても主人が側にい
てくれる。」とあの気管切開の傷が自分を勇気づけてくれます。
 ヘルペス脳髄膜炎によって、ほとんどの方が死亡しているか重度の後遺症をもってい
るそうです。私は40日間意識不明でしたが幸いにも後遺症はほとんどと言っていいほ
どありません。
 このウイルスはほとんどの人間の神経系にヘルペスウイルスが潜伏しているそうです
疲労などで体力が低下したり栄養の偏りによって口の周辺にプツプツや口内炎もヘル
ペスの仕業です。
 私の場合は脳に進入してしまったのです。ヘルペスウイルスは糖タンパクを用いて
体の中の細胞に感染します。
 幼児期にヘルペスウイルスに感染すると時として再活性化し免疫低下すると騒ぎ出す
そうです。
 一度、発生したヘルペスは私の体の細胞のどこかにヘルペスが潜んでいて終生、共存
するそうですが、免疫低下しないように健康的な生活をしていきたいです。
 世の中には信じられない事が沢山ありますが奇跡は本当にあります。
 そして、これから医療の現場に携わる人に言いたい事があります。長い間意識がなく
ても患者さんに毎日必ず一言声をかけて下さい。名前を呼ぶだけでも良いと思います
もしかしたら、私みたいに目を覚ます人がいるかも知れないから・・・・・
 本当に長い間眠っているだけかも知れません。
 それから、悲観的になって自殺などする人がいますが生きていれば必ず道が開けると
思います。
 そして、亡くなった藤原好さん、私はあなたの存在をまったく知りませんが、あなた
が私と同じ病気で亡くなった事を知り、ヘルペス脳炎になって亡くなった多くの人た
ちのために私は一生懸命生きていきます。

 人生で無駄な時間はありません。私の病気は心の試練という財産になりました。
 当時の私を支えてくれた両親、友人、病院関係の人々、私を暗闇から救い出してくれ
て有り難うございました。そして10年という歳月が私を癒やしてくれました。


///////////////////////////////////////////////平凡な専業主婦///////////////

http://www.lifestudies.org/jp/kanso017.htm

 

津山で医師暴行の兄弟逮捕

 投稿者:ミネメール  投稿日:2008年 5月22日(木)00時14分13秒
  08/10-13:45--津山で医師暴行の兄弟逮捕
 津山署は9日、津山市神戸、会社員松岡秀樹(21)、実弟の同所、無職楠祐樹(21)両容疑者を暴力行為の疑いで逮捕した。 調べでは、両容疑者は8日午後8時50分ごろ、診察に訪れた同市内の総合病院で、当直の医師男性(30)に昼間来院するように言われたことに立腹。楠容疑者が医師にボールペンを突き付け「刺すぞ、津山におれんようにして、家族にも手を出しちゃるぞ」などと脅し、胸をつかむなどしたほか、松岡容疑者も体当たりするなどの暴行を加えた疑い。 病院からの通報で駆け付けた同署員が院内にいた2人を発見し取り調べたところ、犯行を認めた。

http://www.okanichi.co.jp/20070810134511.html

 

雑談で~す♪

 投稿者:ミネメール  投稿日:2008年 4月25日(金)01時06分56秒
  2008-04-24 雑談で~す♪

他にもっと良質のネタもあるのですが、準備不足で質の悪い話で今日はお茶を濁します。ローテーションの谷間用の雑談ネタですから、お気軽にお読みください。

久坂部羊氏は産経新聞でコラムを担当されているようですが、先日話題になったのが3/27付けで、

【断 久坂部羊】医師に労基法はそぐわない

 先日、ある新聞の1面に「救命医宿直7割『違法』」という記事が出た。救命救急センターの当直が労基法に違反しているとの内容である。医師の激務の実態を報じるのはいいが、そこに労基法など持ち出しては百害あって一利なしだ。

 記事には、労基法上、残業などの時間外労働は原則、月45時間までとか、労基法に違反すると、労働基準監督署が改善指導し、従わない場合は書類送検することも、などとある。医療にそんな建前が通用するわけがないではないか。それとも、治療を求める患者を前に、医師が労基法をたてにして、病院に権利主張ができるとでもいうのか。

 医師に労基法を適用して、臨床研修制度が大きな矛盾を抱えたことは記憶に新しい。研修医に30万円程度の給料を保障したため、指導医のほうが安月給になったり、週末や当直明けを休みにしたため、研修医の一部が、医師のありようを学ぶ前に、休暇の権利を覚えたりするようになった。

 医師の勤務が労基法に違反している云々(うんぬん)などは、現場の医師にとっては寝言に等しい。医師の激務や待遇の改善は必要だが、今さら労基法を当てにする者など、まずいないだろう。万一、医師が労基法の適用を求めだしたら、現場はたいへんな混乱になる。

 患者の治療よりも、労基法の遵守を優先すべきだとまで主張するならいいが、そうでなければ、表面的に「違法」をあげつらうのは、単なる絵空事にすぎない。(医師・作家)

これについては三六協定のお勉強でみっちり意見させて頂きました。ごく簡単に要約すると「勉強不足」です。この程度の労働基準法理解で医師の勤務を語って欲しくないと言うことです。

たぶんと言うか絶対なんですが久坂部羊氏はネットは見られないようで、新たなコラムを4/20付けで出されております。

【断 久坂部羊】診療報酬改定が招く危機

 平成20年度の診療報酬改定が発表された。私は在宅医療専門のクリニックに勤めているので、その関連の項目に着目したが、改定の内容を見て驚いた。

 在宅医療には、24時間対応を含む総合的な診療の費用として、「総合管理料」という項目がある。いわば1カ月分の基本料である。それが有料老人ホームなどの施設に入っている高齢者の場合、これまでの4200点(4万2000円)から3000点(3万円)に下がっているのだ。

 同様に、特定施設に入所している患者への訪問診療も、1回830点(8300円)から一挙に200点(2000円)に下がっている。こんなバカな値下げ幅があるだろうか。これまでと同じように往診しても、4分の1以下の診療報酬になるのだ。

 政府は社会的入院による医療費削減のため、施設入所者を含む在宅医療の導入を進めてきた。そのため在宅医療が優遇されてきたのは事実だ。しかし、今回のような極端な切り下げをすれば、せっかく根づきかけた在宅医療が、立ち消えになりはしないか。

 今回の切り下げは、施設の入所者が対象で、自宅で在宅医療を受ける患者は除外される。施設の高齢者を多く診ている医師の撤退が危ぶまれる。理由の説明もなく、いきなり診療費を大幅にカットされて、それでも患者を見捨てない立派な医師は、どれだけいるだろうか。

 医師として使命感は失うまいと思いつつも、現場にいる者の無力さを痛感せざるを得ない。(医師・作家)

二つのコラムを読み比べてみると良く分かるのですが、本当に久坂部羊氏は日本の医療を分かっていません。二つのコラムから久坂部羊氏の考え方が浮かび上がります。


日本の医師は長時間労働は受容せよ。
日本の医師は診療報酬引き下げには耐えられない。

1.はともかく2.は間違っていないと言えますが、これって純粋に開業医の視点じゃないですか。3/27付のコラムは救命救急センターの勤務医の労働基準法を完全に無視した長時間労働の話題であり、4/20付のコラムは開業医の診療報酬改定に関する話題です。現在の医療を語るにはどちらも同じ比重の話です。どっちが軽くて、どっちが重いと差をつけられような話ではありません。しかし二つを並べて読むと重点の置き方がまったく違う事が誰でも分かります。

勤務医の過重労働については、


医療にそんな建前が通用するわけがないではない
治療を求める患者を前に、医師が労基法をたてにして、病院に権利主張ができるとでもいうのか
研修医の一部が、医師のありようを学ぶ前に、休暇の権利を覚えたりするようになった
医師の勤務が労基法に違反している云々(うんぬん)などは、現場の医師にとっては寝言に等しい

大変勇ましいお言葉が連ねられています。つまり文句を言わずに「黙って働け」と叱咤している内容です。

一方で開業医については、


今回のような極端な切り下げをすれば、せっかく根づきかけた在宅医療が、立ち消えになりはしないか
理由の説明もなく、いきなり診療費を大幅にカットされて、それでも患者を見捨てない立派な医師は、どれだけいるだろうか
医師として使命感は失うまいと思いつつも、現場にいる者の無力さを痛感せざるを得ない

とても同情的なお言葉が連ねられています。つまり今回の診療報酬の切り下げにより、医師は患者を見捨てて立ち去っても仕方がないと論じています。

久坂部羊氏の医師観というのは、勤務医については古いステレオタイプのものです。古いと言っても5年も10年も前ではなく、2年前でも該当するとは言えます。しかしそのたった2年の間に勤務医の意識は劇変しています。卑しくも作家であり、そのうえ医師とまで名乗っているのですから、2年とは言えその間に何が起こったかを調べていないのは怠慢です。ネット普及以前はそういう医師の本音を調べるのは大変な手間がかかりましたが、今なら1ヶ月もあれば完全に把握できます。

医療政策の動向についても余りに無知です。嬉々として指摘している


せっかく根づきかけた在宅医療

この在宅医療が推進される意味合いをどれだけ調査し考察したか大いに疑問です。厚労省及び国が目指している医療をどれだけ見えているかといえば、ネット医が侮蔑語として用いる「爺医」そのものの発言です。本当に目の前に見えている現象しか見えていない医者であると言うことです。その程度のレベルで安易に医療を論じる浅墓さに苦笑せざるを得なくなります。

ついでに


改定の内容を見て驚いた。

驚く事は認めます。それだけ減れば誰でも驚くのですが、久坂部羊氏が驚くレベルと久坂部羊氏が勤めているクリニックの院長が驚くレベルは質が違います。久坂部羊氏の驚きは「寝耳に水」の驚きですが、クリニックの院長の驚きはそうではありません。「今回に来たか、結構大きかったな」です。厚労省の梯子外しはそれぐらい日常茶飯事であり、「やられたな」ぐらいの驚きです。今回が初めての暴挙ではなく2年ごとに行なわれる「いつも」の出来事なんです。そんな事も踏まえず目に見えたことだけで右往左往するレベルで金をもらえるとは羨ましい限りです。

医療ブログも増えましたが、久坂部羊氏レベルで論じるブログは完全な辺境ブログであり、辺境過ぎて時に大炎上する代物としてよいと思います。論じているレベルは周回遅れ程度ではなく前時代と言うか大時代的なものです。それでもブログであれば無視されるか大批判されるだけで害は少ないですが、新聞社のコラムとなれば余計な反応が出て医師として大迷惑な存在です。

ま、産経新聞に相応しいレベルといえばそれまでですが、久坂部羊氏も政府の珍重する「有識者」になるでしょうから、そうなれば余計に被害が拡大します。もっとも計算づくで政府御用達の有識者の座を「狙っている」なら大した玉です。

これは蛇足ですが【断 ○○】は複数のライターが関っているらしく、潮匡人氏担当の回には、

 朝日新聞投書欄のごとき駄文が新年度早々、当欄に掲載された。「戦争放棄は世界に誇れる条文」(4月6日付)。憲法9条を掲げ、自衛隊を「オトナの嘘(うそ)」と誹謗(ひぼう)した。「こんなウソがまかり通っていては」と非難する相手は自衛隊ではなく憲法9条であろう。

言うまでもなく4/6付は久坂部羊氏担当です。かなり手厳しい批評ですが、潮匡人氏がどんな人物か「まったく」知りませんので、この評価が的を射ているかどうかは控えておきます。ただ医師と名乗って、まるで医師を代表する意見のように振舞うのは、余計な誤解を招くので自粛して頂きたいと望むだけです。

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ssd666 2008/04/24 09:51
潮匡人は元自衛官の軍事評論家です。
貧乏で、長男を修学旅行にやらせられなかったそうです。


nyamaju 2008/04/24 10:27
そういえば、軍事系も日本のマスコミは弱いですね。
基本的知識が欠如している上、取材すらまともにしないし。
内容について信用されていないのも同様。


法務業の末席 2008/04/24 10:39
労基法など無視しろ!、労基法違反より医師の職業倫理の方が優先するから、医師は労基法の適用除外なのは当たり前なのだ!、という主張をされるコラムニスト(久坂部羊氏)を、産経新聞ではなぜ契約なさるのでしょうか?
公然と法令無視を主張する記事を掲載する不見識な新聞社というのは初めてです。

労働基準法
第五条  使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。

職業的倫理観や義務感を過度に強調して労働を強いることは、この条文の「精神の自由を不当に拘束」に該当するというのが法令解釈上の通説ですが…。

ちなみに、この労基法第5条は奴隷的拘束からの自由を謳った憲法第18条を具体化した条文で、労働諸法令の根幹とも言うべき最も重要な条文です。

労基法の中では一番罰則が重くて最高刑は懲役10年以下となっています。この第5条以外の労基法違反は最高刑が懲役1年以下ですから、いかにこの第5条の規定を重く見て労基法を立法しているか明らかだと思います。

このコラムニスト(久坂部羊氏)は労基法を知らないだけでなく、日本国憲法も良くご存じではないようで…。


Yosyan 2008/04/24 13:59
法務業の末席様

さすがはプロ視点です。

 >公然と法令無視を主張する記事を掲載する不見識な新聞社というのは初めてです。

凡人はいかに努力しても見える範囲の限界があり、医師が医師として久坂部羊氏を見ても限界がある事が改めてわかります。とくに、

 >労基法第5条は奴隷的拘束からの自由を謳った憲法第18条を具体化した条文で、労働諸法令の根幹とも言うべき最も重要な条文です

こういう見方を教えてもらったのは貴重なアドバイスです。今後に活かせて頂きたいと思います。

http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20080424

 

羽島市民病院、患者の声とその返答

 投稿者:ミネメール  投稿日:2008年 4月22日(火)20時12分1秒
  投稿の内容
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内科に通っているが医者の温かさを感じない。医者もイライラしてる感じがする。来るとストレスになり、病気がますます悪くなる気がするのです。(特に消化器科)
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そしてそれへの病院側の回答
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対応には十分注意するよう指導していますが、患者様の態度に問題がある場合も多く、必ずしも医師の態度に問題があるとは感じません。
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http://www.hashima-hp.jp/advice/2007/12.html

 

県立五條病院事件判決はトンでも

 投稿者:ミネメール  投稿日:2008年 3月28日(金)21時19分24秒
  県立五條病院事件判決はトンでも (岡山の内科医)

2008-03-28 19:40:47

門外漢さん
>担当医個人の能力・責任が問われたのではなく、2次救急医療機関として求められる体制を整備しなかった奈良県の責任が問題にされているわけです。これは医学知識の問題ではなく、純然たる法律問題ですね。

と言われていますが、この事件がトンでも判決とされたのは、別のところにあります。判決文では、

>G鑑定やH鑑定も,被控訴人Eの医療内容につき,2次救急医療機関として期待される当時の医療水準を満たしていた,あるいは脳神経外科の専門医にこれ以上望んでも無理であったとする。

とあるように、鑑定では、担当医の対応は医療水準を満たしていたと認定しているにも関らず

>しかしながら,救急医療機関は,「救急医療について相当の知識及び経験を有する医師が常時診療に従事していること」などが要件とされ,その要件を満たす医療機関を救急病院等として,都道府県知事が認定することになっており(救急病院等を定める省令1条1項),また,その医師は,「救急蘇生法,呼吸循環管理,意識障害の鑑別,救急手術要否の判断,緊急検査データの評価,救急医療品の使用等についての相当の知識及び経験を有すること」が求められている(昭和62年1月14日厚生省通知)のであるから,担当医の具体的な専門科目によって注意義務の内容,程度が異なると解するのは相当ではなく,本件においては2次救急医療機関の医師として,救急医療に求められる医療水準の注意義務を負うと解すべきである。
そうすると,2次救急医療機関における医師としては,本件においては,上記のとおり,Fに対し胸部超音波検査を実施し,心嚢内出血との診断をした上で,必要な措置を講じるべきであったということができ(自ら必要な検査や措置を講じることができない場合には,直ちにそれが可能な医師に連絡を取って援助を求める,あるいは3次救急病院に転送することが必要であった。),被控訴人Eの過失や注意義務違反を認めることができる。

(下線は私が引いています)と続け、担当医の過失を認定しています。
つまり、担当判事が求める「相当の知識及び経験」が、心エコーを見落とし無く施行し、緊急の心嚢穿刺を的確に行うことを求めるという非常に高い水準になっているわけです。
事件当時の平成5年には、3次の救命救急センターでも、救急現場で心エコーによるタンポナーデの検索を行える施設はほとんど無く、従って担当判事の求める水準はほとんど夢物語の世界であった訳です。
この判決のトンでもたる所以は、法律問題ではなく、現場の医師が達成不能と考える水準に医療水準を設定したことに問題があるわけで、そんな水準を達成不能と考える多くの病院が2次救急から手を引いたことが、現在の救急崩壊の大きな要因となっています。

http://blog.goo.ne.jp/j-j-n/e/c93966cb11c31eb4d0b117a1acd008d3

 

ある患者ネットワークの認識

 投稿者:ミネメール  投稿日:2008年 2月28日(木)00時03分51秒
  ●フランスの医療事故補償制度とは?
2007年6月、仏保健省・全国医療事故補償局のマルタン局長が来日、東京と大阪で「フランスの医療事故補償制度」の講演会が開かれました(「総研いのちとくらし」主催)。

※マルタン局長によると、フランスでは、不必要な紛争を起こしている医療事故問題に対して、「行政的和解のシステム」をつくるべきだとする患者・被害者の大きな声を受けて、2003年3月法律によって、国による医療事故補償制度が設置されたとのこと。
 その制度運営はかなり複雑なものですが、すでに5年の着実な歩みを重ねています。フランスには、この制度によって「近代国家の一つのモデル」を世界に示そうという自負があり、被害者補償に患者のお金をあてるようなことはせず、国が責任をもって、重大な医療リスクを補償しようとしています。さすがにヨーロッパの先進国です。

http://www.diplo.jp/articles08/0802.html

 

フランス医療制度の危機

 投稿者:ミネメール  投稿日:2008年 2月27日(水)23時59分33秒
  フランス医療制度の危機
アンドレ・グリマルディ(Andre Grimaldi)
ピティエ・サルペトリエール病院(パリ)糖尿病科医長
トマ・パポ(Thomas Papo)
ビシャ病院(パリ)内科医長、医療拠点コーディネーター
ジャン=ポール・ヴェルナン(Jean-Paul Vernant)
ピティエ・サルペトリエール病院(パリ)血液科医長、
腫瘍・血液医療拠点コーディネーター
訳・日本語版編集部
原文

 フランスの病院および医療制度の危機的な現状は、偶然のなせるわざではない。原因の第一は医師不足にある。過去20年間にわたって歴代政権がひたすら推し進めた政策のせいだ。年間に養成される医師の数は8500人から3500人に減った(1)。この縮小政策を提唱したのは医療エコノミストの一部と自由診療医協会である。

 これらの医療エコノミストは供給が需要を決定すると主張する。供給を減らせば需要も減るというわけだ。しかし、それに合わせて医療制度を作り替えることは視野にない。あきれた話である。自由診療医協会の考えは、そこまで浅はかではなく、臨床医全体の数が減れば自分たちが市場で優位に立てるというものだ。事実、臨床医が減ったことで、専門医をはじめとして保険外の追加料金をとる医者が増えた。これを合法化したのは、フィリップ・ドゥスト=ブラジーが保健大臣だった時代に行われた社会保険改革である。産婦人科医協会のギー=マリー・クザン会長の発言は、保険外診療の理念を簡潔に表明している。もし民間クリニックの保険外診療費が「患者にとって不都合ならば、公立病院に行って、外国の学位をもった臨床医の治療を受けるべきだ」と言い放った(2)。こうした論理が追求されて医師が激減したのは一部の農村地帯だけではない。専門医の一部もまた、保険外診療費を払えない者には敷居が高くなってしまった。

 そして、少なくとも相対的には医師不足が起きているという現実下で、「社会保険のほころび」をめぐる議論が繰り返されてきた。この議論は、実際には議論の体をなしていない。社会保険会計の収支は、出ていく金額だけでなく、入ってくる金額にもよりけりだからだ。医療保険分の赤字(今年度は60億ユーロ)のかなりは収入の不足による。失業率が高いことで保険料収入が減っているからだ。この事実を踏まえたうえで、現状ほど不確定要因に左右されず、不平等性の高くない方向への転換を考えていくべきである。現状の社会保険制度の下では、売上規模が同じ場合、多くの従業員を抱えた企業の方が、雇用の少ない企業に比べて不利になっている。そのうえ政府は、社会保険料の企業負担分を大きく減免し、それによる社会保険の赤字を完全には補填していない。

 社会保険料の算定基準に含められずにいる種類の所得も多い。会計院のフィリップ・セガン院長によれば、もしストック・オプションが算定基準に含まれていれば30億ユーロの追加収入が得られ、2007年度の社会保険会計における医療保険分の赤字を半減できるという(3)。社会保険予算は市場法則に従うわけではない。赤字額は支出にも依存するが、収入つまり国家による資金配分にも依存する。予算は結局のところ、政治的な決定の帰結なのである(4)。

 真の問題は、医療ニーズが(経済成長率を上回る速さで)増大し、それに伴って社会的な選択が変化したことにある。コストが相対的に上昇したと述べる統計学者もいるが、医療ニーズの増大(とそれに伴うコストの金額ベースでの増大)は主に五つの変化から説明できる。高齢化が進み、高齢者特有の疾患が増えたこと。肥満とその合併症が増大したこと(そのためアメリカでは史上初めて平均寿命が短縮に転じた)。不安症・鬱病やタバコ・酒などの依存症が増えたこと。医療が大なり小なり進歩を遂げつつも、ますます高額になっていること。医療の進歩が十全ではないため、ますます高価につく治療を施すことはできても、完治は不可能な慢性疾患の患者が急増していること(エイズ、糖尿病、腎不全、慢性関節リウマチ、心不全、冠状動脈不全、骨粗鬆症など)。

 フランスは国内総生産(GDP)の11%を医療費に費やしている。ドイツやカナダ、スイスと同等で、アメリカ(16%)より少なく、イギリス(9%)より多い。フランスの医療費の割合は今後も増大し、2025年には15%に達すると考えてしかるべきだろう。

 これは社会的な選択である。自由主義の信奉者もまた、医療費の対GDP比が増えること自体に反対はない。彼らが反対しているのは、この大金が収益の法則を免れてしまうことだ。実に驚くべきことに、無用な処方箋の乱発や医療従事者のストの多発、といった原因による医療費の濫費に目くじらを立てるエコノミストや政治家は、以下に述べる三つの分野での多大な濫費については何も言わない。

T2A方式の裏の目的
 第一は、製薬産業による濫費である。製薬産業は売上の約25%を宣伝に費やしている。しかし、医療市場は普通の市場ではなく、大幅に社会化された市場である(社会保険がかなりの資金を供給している)。保健省福祉監査局の報告書によると(5)、製薬産業の宣伝費は年間30億ユーロにもなる。しかも高いばかりで治療効果は大差ない新薬が処方され、医療コストを増大させている(フランスはイタリアやイギリス、スペイン、ドイツに比べ、人口1人あたり1.5倍の金額を薬に費やしている)。製薬産業は販促競争をやめ、宣伝費を5割カットすべきだ、というのが福祉監査局の主張である。
 第二に、医療自由化の信奉者は、部分的な民間参入の結果がどうなったかについては押し黙っている。在宅患者の呼吸介助や食事介助、インシュリン・ポンプ治療など一部の分野で民間参入が始まっており、エア・リキードやネスレのような大手企業系列の事業者が参入している。インシュリン・ポンプ治療の費用は3倍になった。これらの事業者は、病院勤務医も含めた専門医の領分を侵している。

 第三に、フランスは民間営利クリニックへの入院がヨーロッパで最も多い(23%)。かつては外科医の個人開業だったクリニックは、現在では大多数が、他の医療事業も手がける国際企業の傘下に入っている。たとえば180のクリニックを擁し、最近パリ13区の赤十字病院を買収したジェネラル・ド・サンテ。あるいは米系投資ファンド、ブラックストーンと提携し、株主から20%以上の収益率を求められている新興企業ヴィタリアなど。

 ヴィタリアは40のクリニックを買収し、さらに攻勢を続けている。ベネトン家の関係する投資ファンド、21セントラル・パートナーズは、「複数のクリニックを連ねた将来の重要拠点の基盤」として、マルセイユのシャントクレール・クリニックを買収した。フランスの医療には、民営化の波に乗ろうとする国際資本が続々と参入を果たしているのだ。

 こうした背景の下で、行為別支払い(T2A)と呼ばれる診療報酬方式が施行された。表の目的は、公立病院のコスト削減である。裏の目的は、民間クリニックへの報酬増額である。

 診療報酬の金額は、文字通りの「行為」つまり診療内容の別ではなく、類似の疾患群をまとめたとされる保険分類コードに対応している。この分類コードには大きく「バイアス」がかかっている。疾患の数は1万ほどもあるのに、「同種」グループ(GHS)に割り当てられた分類コードは700しかない(6)。各GHSの中身は実際には混在状態で、いくつもの疾患が含まれている。偶然の一致かどうか、「同種」グループの中でも単純な疾患は民間クリニックの主要な診療行為に対応し、より複雑で重篤な疾患は公立病院の中核的な診療行為に対応している。

 つまり、慢性副鼻腔症ならクリニック、耳鼻咽喉系の腫瘍なら病院、坐骨神経痛ならクリニック、脊椎骨折なら病院、心臓のペースメーカーならクリニック、心不全なら病院、という案配だ。しかも、白血病の治療や難しい蘇生のように、公立病院だけで行っているものについては、診療報酬が過小に抑えられている場合が多い。

 政府は2012年をめどに、公立と民間のいわゆる均等化を図っていくと言う。これを見ると診療報酬改革の真の目的がよくわかる。均等化なるものは、両者のコスト構造の違いを無視した支離滅裂でしかない。たとえば公立病院は24時間の治療態勢をとっていなければならず、細気管支炎の流行や熱波の襲来など、緊急の必要に備えて常に空きベッドを用意しておかなければならない。つまり民間クリニックと違って、100%のベッド稼働率を目指すわけにはいかない。15%から20%の空きベッドには診療報酬を出さないなんて、火事が起こった時しか消防士に給料を出さないのと同じではないか。

 同様に、入院は必ずしも予測可能ではない。同じ病状でも予定外の入院なら6割ほど高くつく。しかも民間クリニックの場合は、採血や心電図、X線写真など、入院前に必要な追加検査を普通は外注に出すため、院内で検査を行う公立病院と違って、検査コストを組み入れずに済む(7)。

 T2A方式は、質ではなく量を測定する。複雑さを排して手順を標準化し、知的な営みを見ずに技術的な動作だけを見る。高度に専門化された病院各科がどれほどの重みをもち、どんな診療を行っているかも考慮しないし、患者が不安定な立場に置かれ、心理的に落ち着かず、教育を必要としていることも考慮しない。換言すれば、T2A方式は、X線写真のように技術的な動作と決まった手順があればよい疾患におおむね適用され、あるいは少なくとも適用可能なものであって、内科や感染症科、糖尿病科やリューマチ科、老年科や神経科など、公立病院各科の中核的な診療行為には適用されず、おそらくは適用不可能なものだ。

賃金労働者の過半数を直撃
 静脈瘤の手術や大腿骨の人工骨置換手術など、分類コードがはっきり決まった単純な疾患でも、ベテラン医の助けを受けながら若手の外科医が病院で行う手術と、勤務医としての過去の経験に基づいて「流れ作業式」の動作をこなすベテラン開業医が行う手術とは、同列に置くことができない。他方、公立病院のコストには勤務医の給与も含まれているのに対し、民間クリニックのコストには医師・外科医の報酬や、彼らが掛けている保険の補助として社会保険金庫から給付される金額は含まれない。
 T2A方式は明らかに民間クリニック優遇策として施行された。その結果、民間クリニックによる保険内診療は9%増加した。診療報酬請求額が最大になるような分類コードを検索できるソフトを利用しているクリニックもある。

 T2A予算のうち公立病院への割当がたった1割にすぎないことからも、公立と民間のアンバランスは明白だ。予想の通り、公立病院の9割、32ある大学病院センター(CHU)では29が赤字の見込みで、経営破綻も予想される。CHUの赤字総額は4億ユーロにのぼり、うち2億ユーロをパリ市内病院公的扶助会が、3500万ユーロをピティエ・サルペトリエール病院が占める。このような赤字を根拠として、生産性をさらに向上させよとの主張が出てくるに違いない。

 ごく最近、リヨン一般ホスピスの院長で、CHU院長会議の議長を務めるポール・カステルは、公立病院の行政法上の地位を見直すべきであると発言した。「競争的な環境の中でCHUが競争力向上に欠かせない融通性を身に付けるためには、地位の変更というショック療法しかない(8)」。そのためには、公設行政法人から公設商工法人へと転換し、役員に「もっと職員の採用・管理の自主権を」与えるべきだと言う。「院長が医療従事者と契約を交わし、利益分配を行うようにする」。平たく言えば、公務員の身分を廃止して、民法上の契約に基づいて職員を雇用すれば、とりわけ解雇が容易にできるようになるということだ。

 赤字はまた、ある種の診療をやめ、別の診療業務を再編し、さらには病院自体を閉鎖したり、老人ホームやケア・センターに転換したりする口実にもなる。民間に売却される病院もあるだろう。閑古鳥が鳴いていたり、安全性に問題のあるような外科が閉鎖されるのは理解できるが、公立病院の閉鎖が民間クリニックを利することを見逃してはならない。驚くべきことに、民間クリニックの場合は診療業務の継続基準が公立病院ほど厳しくないらしく、たとえば肥満による消化器外科手術の件数は、医療保険金庫の調査によれば2002年の1万6000件から2003年には1万件に減っている。

 質に問題がなければ、民間クリニックで手術を受けたっていいじゃないか。社会保険にとって、つまり社会にとっての負担が、おかげで減るなら願ったりじゃないか。そんなふうに考える人もいるかもしれない。だが、患者自身の負担がそこでは見過ごされている。保険外の追加料金はとんでもなく高額になっており、福祉監査局によれば、年間総額20億ユーロにも達するという(9)。パリで白内障の手術をすれば、500ユーロから1000ユーロの保険外診療費を取られるのが普通だ。大腿骨の人工骨置換手術なら、外科医に3000ユーロ、麻酔医に1000ユーロが相場である。

 こうした慣行は、民間クリニックだけのことではなく、公立病院内での私的自由診療の場合も同様だ。そこで請求される保険外診療費は、もはや倫理ルールなど意に介さないと言ってよいほどだ。医師・外科医は自分の所得を大企業の経営者や、芸能界のスター、サッカーのトップ選手の所得になぞらえている。「病院は企業である」という発想に立つというのなら、生産を阻止すること、「治療スト」に打って出ることを当然と考えた研修医たちの行動に驚愕などすべきではない。

 保険内診療の自己負担分の拡大、保険外の追加料金の容認、保険医指定の取消という恫喝、民間営利クリニックの(高い収益率による)発展といった様々な政策措置を眺めわたすと、そこには実に一貫した流れがある。社会保険からの診療報酬を細らせ、民間保険をはじめとする補助的保険の間口を広げるということだ。補助的保険の関与が増えれば、医療格差は2段階どころか10段階にも20段階にもなりかねない。めいめいが「ア・ラ・カルト」式で、必要度ではなく経済力に応じて保険を選ぶようになるだろう。医療の民営化のつけを払うのは誰か。富裕層でも中の上の層でもない。とはいえ貧困層でもない。基礎的医療保障でカバーされているからだ。最も大きな打撃を受けるのは、月給が法定最低賃金の1から2倍という中の下の層だ。賃金労働者の過半数に当たる。

改革には二つの対立した路線がある
 公共サービスの縮減政策は、他の国々でいわば粛々と進行し、フランスには焦りがあった。こうした事態は完全に戦略的に推進されており、推進の手段は六つある。
 一つ目は、会計の「常識」である。これにより、収益の追求という目標が隠蔽され、新たな医療政策を支えるイデオロギーはぼやかされる。この金科玉条には、いくつかの決めぜりふがある。「医療はごく普通の商品の一つである」「ニーズを効果的に調整できるのは市場だけだ」「雇用保障など過去のぜいたくにすぎない」

 二つ目は、トロイの木馬である。医療保険国民金庫のフレデリック・ヴァン=レーゲーム総裁など、ハイレベルの執行幹部は公共サービスを目の敵にして、民営化の旗を振っているようだ。

 三つ目は、鞍替えである。左派出身のエコノミストや理事が自由主義政策に同調するようになった。たとえば、社会保険金庫の総裁からAGF保険の医療担当役員に転身したジル・ジョアネは、年間保険料が1万2000ユーロの高級医療保険を企業経営者向けに考案した。1981年から86年まで公立病院の院長を歴任したジャン・ド=ケルヴァスドゥエは、院内での私的自由診療拡大と病院の地位変更(リストラ解雇を可能にすること)の強力な賛同者となった(10)。

 四つ目は、一部の労働組合である。医療関係をはじめとする多数の労働組合が、新たなガバナンス制度の下での権力ゲームに目がくらんで、改革に協力するようになっている。

 五つ目は、政治家である。彼らが用いるのは、客引きマニュアルにあるような「足はドアに、手は客の腕に」作戦だ。自分のためにやってくれていると獲物に信じさせながら、ドアの隙間を微妙に広げていく手口である。最初は診察1件あたり1ユーロの定額自己負担だった。続けて薬と救急搬送も対象にされた。さらに診療費も引き上げられた。どれもこれも、社会保険制度の死守が大義名分だったことは言うまでもない。だが社会保険制度の基盤は実際には、胸に手を当てて死守を誓う者たちによって、着々と掘り崩されているのだ。制度を立て直し、野放しの保険外診療費に歯止めをかけるという名目の下、行き着く先は民間保険の大々的な導入だろう。

 六つ目は、抵抗運動の分裂である。政府はこれまでのところ、当事者グループの違いにうまくつけ込んできた。大学病院センターと、大学と関係のない地域病院センター。大規模な病院センターと、地元密着の小さな病院。大学に籍のある勤務医と、大学に籍のない勤務医。研修医と、ベテラン医。保険で全額カバーされる患者(長期の疾患を抱えている者)と、保険で全額はカバーされない患者。

 こうした政策を食い止めるために、公共サービスを擁護する立場から出せる対案は、住民の必要から出発し、医療への平等なアクセスを保障するような改革だろう。連帯を基本とする医療費負担制度は、社会保険料と税金を財源とすべきである。そうした観点からすれば、公立病院と民間非営利クリニックの共存は容認できるし、望ましいとさえ言えるが、ジェネラル・ド・サンテ(最近株主に総額4億2000万ユーロを配当した)、ヴィタリア、21セントラル・パートナーズのような営利企業の株主が、公共の資金によって潤される筋合いはない。

 医療制度改革には二つの対立した路線がある。新自由主義路線は、民営化を進め、家計と民間保険会社へのコスト移転を図り、「めいめいが経済力に応じて」と謳う。共和主義路線は、平等を謳い、「めいめいが社会的に認められた必要性に応じて」の原則を擁護する。公共サービスの刷新を図り、医療行為と医療産業の商業化の流れに対して疑問を突き付けようとしているのは、この後者の方である。

(1) 「医師が多すぎる」ということで、早期退職した一般医に社会保険を給付していたのは、わずか数年前のことである。
(2) Le Monde, Paris, 31 August 2006.
(3) Rapport de la Cour des comptes sur la Securite sociale, 11 September 2007, http://www.ccomptes.fr/cc/Publications-RELFSS.html
(4) Cf. Pierre Concialdi, Retraites : on vous ment !, Mango, Paris, 2005, and Julien Duval, Le Mythe du << trou de la Secu >>, Raisons d'agir, Paris, 2007.
(5) << L'information des medecins generalistes sur les medicaments >>, 31 October 2007, http://www.sante.gouv.fr
(6) Federation hospitaliere de France, << Hopitaux publics et cliniques privees : une convergence tarifaire faussee >>, http://www.fhf.fr
(7) See Andre Grimaldi and Jose Timsit, << Hopital entreprise contre hopital public >>, Le Monde diplomatique, September 2006.
(8) << Les hopitaux veulent changer de statut pour concurrencer les cliniques >>, Les Echos, Paris, 5 November 2007.
(9) Pierre Aballea, Fabienne Bartoli, Laurence Eslous and Isabelle Yeni, << Les depassements d'honoraires medicaux >>, IGAS, RM-2007-054P, Paris, April 2007.
(10) Jean de Kervasdoue, L'Hopital vu du lit, Le Seuil, Paris, 2004.


(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2008年2月号)

http://www.diplo.jp/articles08/0802.html

 

激しく同意

 投稿者:ミネメール  投稿日:2008年 2月 6日(水)01時16分58秒
  【論説】「頑張れば夢はかなう」は幻想だ、成功者の傲慢だ。そんなにうまくいかないのが普通なのだ…脚本家・山田太一氏
1 :諸君、帰ってきたで?φ ★:2008/02/05(火) 23:42:49 ID:???0
 「あきらめるな」とよく言います。だから誰でもあきらめさえしなければ夢がかなうような
気がしてきますが、そんなことはあまりない。頑張れば何でもできると思うのは幻想だと
僕は思う。成功した人にインタビューするからそうなるのであって、失敗者には誰も
インタビューしてないじゃないですか。

 人間は、生まれ落ちた時からものすごく不平等なものです。国籍も容姿も選べない。
親も子供も選べない。配偶者だって、2、3の候補の中から選ぶのがせいぜいで、
それでもいいくらいのものでしょう?つまり限界だらけで僕らは生きているわけで、
そんなにうまくいかないのが普通なんです。その普通がいいんだと思わなければ、
挫折感ばかり抱えて心を病んでしまう。

 僕は一握りの成功者が「頑張れば夢はかなう」というのは傲慢だと思っています。
多くの人が前向きに生きるには、可能性のよき断念こそ必要ではないでしょうか。

(以下略。全文は日経ビジネスアソシエ 2/19号をお読み下さい)
ソース(日経ビジネスアソシエ 2/19号)
http://ec.nikkeibp.co.jp/item/backno/BA1127.html
 

昭和24年の天声人語(朝日新聞)

 投稿者:ミネメール  投稿日:2008年 1月29日(火)22時13分25秒
  昭和24年、マッカーサーは「国旗」の無制限の使用と掲揚を解禁
その年の1月3日付けの天声人語

 正月のお年玉として、國旗の掲揚が無制限に自由になったことは、
やはり楽しいことである。正月の町や村に門松が立ち晴着姿の羽根つきの風景があっても、
門毎に日の丸の旗のひるがえっていないのは、画龍点睛を欠くの観があった。
 この数年間は、國旗のない日本であった。
國旗を掲げるのにその都度一々許可を得るのでは気のすすまないのは偽りのない國民感情である。
講和条約の締結までは、自由に國旗を立てられる日は来ないものと実はあきらめていた。
 しかし今、日本経済自立への旗印として、マ元帥は日の丸の旗を完全にわれわれの手に返還してくれたのだ。
忘れられていたこの旗の下に、われらは耐乏の首途をし、再建と自立への出発をするのである。

 さて國旗は自由を得たが、國民の手に國旗はない。戦災で國旗を失った家々は、
立てようにも國旗がなく、この喜びを分つこともできないのだ。
 マ元帥は國旗の自由をはなむけした。政府は國旗の現物を配給すべきである。
 

医者ならありうる…不当逮捕

 投稿者:ミネメール  投稿日:2008年 1月23日(水)21時23分27秒
  もし突然逮捕されたら… 取調べを受ける心がまえ

        弁護人の立場からの連絡事項

        http://www.m-akita-lawoffice.com/miwa-akitanote.pdf



1、逮捕、勾留手続(身体拘束)は1回につき、少なくとも原則23日間ぐらいは続くと思って覚悟して下さい。調べは山登りやマラソンのように長くつらいものです。23日後、裁判所に起訴(裁判決定)されれば、保釈で出られる場合もあります。
 『起訴』(裁判)されないか『罰金』処分ですめば釈放されることもあります。その間、『面会禁止の処分』(接見禁止)が裁判所より出されますと『弁護人以外の者』とは会わせてもらえないとか、『弁護人以外の者』からの手紙等の文書の差し入れも原則として23日間届きません。

2、取り調べは相当厳しく、大声で怒鳴られることもあるかと思います。
 警察から殴られたり暴力を振るわれるようなことも、あるかもしれません。あったらすぐ弁護人に面会を求めて報告して下さい。あまりひどいことを言って怒鳴られたら、誰が言ったか、その『セリフ』をよく覚えておいて、差入をした「被疑者ノート」に書いて報告して下さい。
「てめぇこのやろう」とか
「警察をなめるなよ、ばかやろう」というようなたぐいのセリフです。
警察官は、『犯罪捜査規範』(国家公安委員会規則)によれば、『個人の基本的人権を尊重して捜査をしなければならない』とされています。
 あなたの取り調べにあたって、大声で脅せば、警察官の方が『脅迫罪』を犯していることになりますし、そういう取り調べ方法は違法です。
『朝早く』からと、『夜遅く』まで無理に調べが行われたり、体調の悪い時の調べがあった場合は、「体調が悪い」と言って断って下さい。
それでも無理な調べがあれば月日、時間、担当者の名前等をよく覚えておいて、その時の『調書』には指印を押さず、弁護人に報告して下さい。署長や検察官、あるいは裁判所へ連絡し然るべき法手続をとって弁護人が抗議するなりします。
抗議をしたら、もっとひどい取調べになるのではないかと、不安になる必要はありません。彼らが、ひどい取調べをするのは、証拠が弱いからです。あなたから自白をとらないと、彼らも不安なのです。不安な人間ほど、居丈高(いたけだか)になって、相手を屈服させようとしてきます。もし、彼らに、正々堂々と抗議をすれば、少し時間はかかるかもしれませんが、必ず、彼らはおとなしくなります。

3、作成される調書は、最後にみせてもらった上、よく読んでもらって、違ったことが(ニュアンスも)書かれていたら、署名押印をしてはいけません。調書は、録画・録音のように、あなたの言い分を正確に記録するものではありません。取調官が、あたかもあなた自身が話した言葉であるかのように、まとめて作文してしまいます。あなたの言ったことや思っていることとは違う内容になることはよくあるのです。あなたには、誤った内容を訂正してもらう権利があります。刑事訴訟法198条4項は、取調官が供述調書を作成した後、「被疑者に閲覧させ、又は読み聞かせて、誤がないかどうかを問い、被疑者が増減変更の申立をしたときは、その供述を調書に記載しなければならない」と定めています。あなたは取調官に対し、供述調書の記載内容を訂正することを求める権利があるのです。納得がゆく訂正がなされるまで、署名押印をする必要はありません。
 ただし、長い調書が作成された場合、その一部分だけをとりあげて、訂正を申し立てるのは、むずかしいものです。しかも、訂正が一部だけだと、訂正しなかった部分は、あなたが納得した部分だと思われてしまいます。よく取調官は、たくさん訂正すべき箇所がある場合に、「こちらはお前の言うとおりに訂正してやるから、こちらの部分は俺の言うとおりに認めろ」と妥協を迫ってきます。人間というものは、一つ相手に譲ってもらうと、こちらも譲ってあげないといけないような気持ちになってしまいます。しかし、それは大変危険なことです。ですから、訂正をするときは、よく考えて、すこしでも疑問が残れば、供述調書全部の署名押印を拒否して、弁護人と相談することをおすすめします。警察などの『誘導』に乗せられたり、作文調書に妥協したりしてしまって、不利益なことを認める調書はとらせてはいけません。
 訂正する場合でも、取調官はよく、調書に「弁護人に○○の点は認めてはいけない、と言われたから訂正します」などと書き加えようとします。これは、訂正を弁護人の責任にすると同時に、訂正した内容に信用性がないように見せかけるためのテクニックですから、気をつけてください。弁護人に言われたからではなく、それが事実であるから訂正するのです。そのような付け加えは一切不要です。そのような書き加えがある以上、やはり署名押印を拒否すべきです。
 あなたを逮捕するまでに、古い出来事について、警察は徹底的に裏をとってすでによく調べています。しかしそれが本当かどうかは、『相手の言い分』であって、分かりません。反対にあなたは忘れてしまって、記憶にないことがたくさんあります。特に日時は忘れています。そういう時は、とりあえず覚えていないことは
「覚えていません」と言わなければなりません。
 調書には、あなたが『しゃべった通りのことが書かれない』ことがよくあります。あとで
「警察が勝手に書いた」
と裁判で主張しても通らないことがほとんどですので、
「調書をよく見せて欲しい」
と言って、見せてもらって、納得できなかったら、署名押印を拒否して下さい。
 たいがい取調の事実は、『古い出来事』です。今、突然逮捕されたあなたの手元には、ノートも覚書(メモ)も日記もありません。誰かに確かめることも出来ません。ひとつずつゆっくり思い出して、記憶にないこと、忘れてしまっていること、違っていることは、認めてはいけません。

「そこは、よく覚えていません」
と言うべきです。
「相手がこう言っているからこうだ」
「共犯者はこう言っておるぞ」
と言われても簡単に認めてはいけません。実際には、相手や共犯者が言ってもいないのに、取調官がうその説明をすることが、よくあります。これを「偽計による取調べ」といいます。もちろん違法ですが、取調べは密室で行われるため、本当に偽計があったかどうかを立証するのが難しいのです。
忘れたことは
「忘れました」
「覚えていません」
と言うべきです。
調書は警察に有利に、つまり、あなたに『不利益なストーリー』として構成されて書かれることが普通です。しかし、あなたがやかましく主張すれば、警察も慎重に調書を取るでしょう。言いなりになれば、彼らが考えたストーリーが、あたかもあなたが話したことであるかのように、書かれてしまいます。彼らが考えたストーリーであっても、あなたが署名・指印を押してしまえば、立派な『自白調書』の出来上がりですから後になって裁判所で
「違っている」
と言ってもまず通りません。(特に検事調書)

 『指印』は法律的には、押さなければならないという義務はありません。
断ることも法的には自由です。法的には、取調官の方が、あなたに署名押印をお願いできるだけなのです(刑事訴訟法198条5項「被疑者が、調書に誤のないことを申し立てたときは、これに署名押印を求めることができる。但し、これを拒絶した場合はこの限りでない」)調書を見て、よく読んで納得がいったらサインをしてもかまいません。そうでなければ
「弁護士に相談する」
と言って、弁護人が面会にいくまでサインは断ってかまいません。取調方法に納得がいかない場合もサイン・指印は断ってかまいません。弁護人が代わりに文句を言ってあげます。
 調書は『白紙』でもかまいません。調書を、取るも取らぬも法的にはあなたの自由です。サインがなければ、その調書は裁判所に出されることはありません。
 もっとも、被疑者の人は、ちゃんと調書をとってもらわないと不利になるのではないかと思い込みがちです。取調官もそのような被疑者の心理をよく知っていて、「そんな否認をするなら、これ以上は取調べをしない」などと突き放してくることもあります。しかし、不安になる必要はありません。言いたいことを言うチャンスはいくらでもあります。必要な言い分は、弁護人から伝えることも可能です。しかし、取調官は、決められた期間のうちに、捜査を終えなければなりません。そのため、ずっと調書を拒否していたら、根負けした取調官の方が、被疑者に「調書を取らせてくれ」と頼んできたこともあります。実際には、調書を取りたいのは取調官の側なのです。とにかく少しでも悩んだら、弁護人とよく相談してください。サインをするのは、弁護人と相談してからでも、決して遅くはありません。

 否認をしていると、取調官は、よく「そんなことを言っていると不利になるぞ」と言ってきます。しかし、よく考えてみてください。彼らは、「真実」を語るように求めているでしょうか?「真実」ではなく、「彼らが考えている嘘のストーリー」を押しつけようとしているのではないでしょうか。嘘のストーリーを認めなければ、不利になるというのはおかしくないでしょうか。しかも、彼らは「重い罪を認めないと不利になる」
と言っているのと同じです。実際は逆です。嘘で重い罪を認めたことによって、有利になるはずはないのです。
 また、取調官は、よく弁護士の悪口を言ってきます。「あの弁護士の言うことを聞いていたら、お前の不利になるぞ」「弁護士は金のことしか考えていない」などと言った悪口です。

一度、調書を取られても、訂正したかったら
「間違っていたので、もう一度調書を取り直してて下さい」
と、言ってください。よく、一度言ってしまったことは、撤回ができないかのように思い込んでしまう人が多いのですが、撤回は可能です。要は、あなたにとって、何が真実かなのです。ただし、先ほども述べましたように、中途半端な訂正は、かえって不利になるかもしれませんので、慎重にして下さい。

4、裁判でも取調でも当然『黙秘権』というものがあります。これはあなたの重要な『法律上の権利』です。警察は『しゃべりたなければしゃべらなくてもよい』という黙秘権があることを取調の前に本人に伝える義務があります。(刑事訴訟法198条2項)
 検察庁でもその後の裁判所でも同じです。しかし、警察では、正確には『黙秘権があること』について分かるように教えてくれず、
「正直にしゃべれ」
 と、どなったりして、自白を強要することが多いものです。それが『警察の仕事』だと思って下さい(しかも彼らは、被疑者により重い罪を認めさせることが自分たちの使命だと思い込んでいます)。しかし自白の強要は『違法』です。将来、裁判所で、調べた警察官が証人として呼び出されるかもしれません。その場で彼らは、自白を強要したとは絶対に言いません。なぜなら、彼らは自白の強要が違法な取調べであることをよく知っているからです。彼らは、あえて違法な自白強要をしているのです。しゃべりたくないことがあれば
「言いたくありません」
「しゃべりません」
「黙秘します」
と言えばよいのです(憲法38条、不利益供述強要の禁止)。
「しゃべらない」理由も言う必要はありません。
黙秘することはあなたの権利ですから捜査官にしゃべらなければならない義務はありません。しゃべるもしゃべらぬも、法律的には自由です。(逮捕されてすぐの勾留質問の時に、裁判官が裁判所で説明してくれるとおりです。)
取調官も人間だから相当怒ると思いますが、
怒るのは『向こうさんの勝手』『向こうさんの仕事』であって、それを強制的にどなりつけてしゃべらせることは『違法捜査』です。
もしかようなことがあって調書を無理矢理取られたりしたら、年月日・時間・捜査官の名前・そのセリフを、「被疑者ノート」に記載して、接見の際、『そのときのやりとり』を弁護人に詳しく報告して下さい。「被疑者ノート」は、接見の際に、接見室に持参して下さい。弁護人は、署長なり、府警・県警本部、あるいは検察庁に抗議します。
 裁判所に手続きをとることもあります。
逮捕されているからといって、あなたが卑屈になることはありません(人間何かのひょうしでいつ立場が逆になるかもしれないとでも思って下さい)。
繰り返しますが『黙秘権』(しゃべらなくてもよい権利)は逮捕された人に対して、日本の憲法・法律が当然に保障している権利です。
「黙っていることは認めたと同じだ」
「逮捕されたお前等に黙秘権などあるか」
「はずかしくないか」
「正直にしゃべれ」
などという捜査官がよくいますがそんなことはありません。
この書面を見せて、
「ここにはこう書かれていますが、どこが間違っていますか?」
と尋ねてみましょう。
「今はしゃべりたくありません」
「裁判になったら裁判所でしゃべります」
「調書は取りたくありません」
と言ってもよいのです。
調書は無理に取る必要はありません。
「今日は取りたくない」
と言ってもよいのです。
法律上は『任意』に取られた自白調書しか刑事裁判上は効力がありません。
このことをよく覚えておいてください。

5、警察には、仕事の性格上、『逮捕して、取調を強行すること』は正義であり、『黙秘したり、弁護をされること』は悪であるという感覚を持つ人が多いのですが、そうではありません。
「悪いことをしておいて、なんで弁護士をつけるんだ」
とよく言われますが、そんなことはありません。あの(しゃべることの好きな)田中角栄元総理も『黙秘権』を使って、捜査での取り調べでは一切しゃべっていませんし、調書も全く取っていません。裁判所においても『黙秘権』を使って結局何もしゃべりませんでした。(法律的には違法ではなく、合法です。)
また神奈川県警の現職警察官ですら、警察が共産党の『電話盗聴事件』をおこし、検察官の調べを受けたとき、この『黙秘権』を使って一切しゃべらなかったのです。(これも合法です。)
このように、普段怒鳴って、取り調べをする警察官でも、いざ自分が逮捕された時には、『何もしゃべらない』ということもあることをよく覚えておいて下さい。日本では、黙秘権は非常に重要です。なぜなら、日本の取調べは録画・録音もなく、弁護人の立ち会いもない密室で行われるため、被疑者の供述を簡単にねじ曲げられてしまうからです。また、被疑者の弁解を聞いた上で、その弁解をわざとにつぶしてしまうような捜査が行われることもよくあります。
 このような捜査を防ぐ最大の武器が、黙秘権なのです。

6、このように『黙秘権』は、憲法上、刑事訴訟法上、保障された国民の(逮捕されたあなたの)権利なのです。現代は、テレビの『遠山の金さん』の
「やい!ありていに申さんと為にならんぞ!」
という取り調べの世界とは違います。また(法的には)、裁判所からあなたへ『接見禁止決定』が出されていても、弁護人には手紙が出せます。『接見禁止決定』は、あなたと一般人との面会を禁止するという『裁判所の決定』であって、弁護人を拘束するものではありません。(刑訴法81条)だから弁護人には、自由に手紙が書けます。弁護人からの手紙も届きます。弁護士には接見出来ます。(法律が認めていることです。)
もし「弁護士に手紙を書くのはだめだ」
と言われたら、裁判所へ準抗告(抗議)の申立をしますので、弁護人との面会の連絡を留置係の人に頼んでください。
よく、
「いったん上司に見せ、許可を受けてくる」
と言って、手紙を外に持ち出す留置係がいますが、そう言って手紙のコピーをとられたりします。それは警察官が、あなたと弁護人との『通信の秘密』を侵すことと同じで、違法です。手紙を開けて警察官が読むのは『弁護人との接見の話』をドアの外から警察官が聞いていることと同じで認められることではありません。

7、「誰々の調書がこうなっているからこうであるはずだ」
「これを認めないと保釈もきかない、刑が重くなるぞ」
「認めれば罰金で済む」と言われても、
『事実と異なっている記憶の場合』『よく覚えていない場合』は、真実と違ったこと、あるいは『忘れてしまって記憶にないこと』について警察官・検事に間
違った調書を取らせてはいけません。

「そんなことでは調書にならぬ」
と言われても、それは向こうさん(警察・検察庁)の都合が悪いということだけであって、簡単に妥協して後でバカを見ることがあってはいけません。
「○○は、・・・・と言っているかもしれないが、古いことなので私には覚えがありません」
「○月○日の何時頃のことと言われても、私はよく覚えておりません」
と言うべきです。
もし、無理に調書を取られてしまった場合は、すぐ後の検察庁の『検事調べの時』に、事実を申し述べて『調書の訂正』をしてもらうことです。
警察では、共犯者がいる場合、
「○○はこのように認めているぞ」
と言って、ウソではめられることがままあります(偽計による取調べ)。気をつけてください。

8、検事は、警察ほどひどく怒鳴りつけたり、怒ったりはしないはずです。比較的よく話を聞いてくれるはずです(但し、一部に怒鳴ったりする例外的なひどい検事もいます。そのような検事に当たった場合は、無能な検事に当たったと思い、むしろ運が良かったと思って、黙秘した上で、弁護人にそのことを報告して下さい)。
検事調べのときに警察とは違ったことをしゃべってもかまいません。検事調書の方が
 警察調書よりずっと重要です。
 警察、特に検察庁の取調の段階で、『間違った自白調書』が作られてしまうと、後で裁判所での裁判手続に入ってから、
「あれは間違っていました」
と言ってひっくり返すのは非常に困難となります(95%は通りませんよ!)。裁判官は何を言っても信用してくれません。このことをよく承知して、くれぐれも調書は慎重に取るようにして下さい。

9、すぐばれるような『ウソの言い訳』などはしないことです。
あなたを逮捕するまでに、あるいは逮捕後、警察はすでにほとんど万全の下調べをやっています。ウソを言えば、警察には何人も捜査官がいますから、すぐに裏付けの調査をされて、
「お前ウソを言ったな!・・・・」
ということになります。
弁護人にもいい加減なウソは言わないで下さい。ウソを言われて、それを弁護人が信じて行動したばかりに、捜査がとんでもない方向へ動くことがよくあります。ウソを言ってつじつま合わせをするくらいなら、あなたには『黙秘権』があるのですから、
「私はしゃべりたくありません」
と言うべきです。
取調べの期間は、逮捕されてから原則23日間もあって、マラソンをはじめて走るくらいにとんでもなく長いものですから、ゆっくり思い出して、確実なことのみを調書に取るようにして下さい。
「誰々がこう言っているから、○月○日○時には、こうこうであったはずだ・・・」
と言われても、既に記憶がなければ、
「はっきりしません」
「手元に手帳もなく確認できません」
・・・・
などと答えてください。
そうすれば、法律的には警察は、それ以上あなたを強く追及で
きないはずです。
弁護人に対して、
「○○に対して連絡をとって、○○○だと答えるように伝えて欲しい」
と言って、ウソのつじつま合わせをするようなことはやめて下さい。そんなことは警察の裏付け捜査ですぐばれますし、その人がまたウソを言うことになって『証拠隠滅罪』で警察に調べられることになります(よく身代わり運転などでウソを言った人が逮捕されていることと同じです。)
 繰り返しますが、すぐにばれるようなウソを言ってごまかすことはしないで下さい。ウソを言ってボロを出すくらいなら
「しゃべりたくありません。黙秘させて下さい」
「記憶にありません」
「そのところは調書を取りたくありません」
「そうやって答えてもよいと弁護士から聞いています」
と言った方が賢明です。
答え方など分からないことがあれば、弁護人に面会を求めて下さい。なるべく早く駆けつけるようにします。ただ、弁護人は、他の事件も抱え、すぐには面会できないこともありますので、被疑者ノートを活用して下さい。
そのほかに分からないことがあれば、必ず、弁護人に聞いてみて下さい。頑張りましょう。

http://www.m-akita-lawoffice.com/miwa-akitanote.pdf

 

「マスコミに正義はあるのか」コピペ

 投稿者:ミネメール  投稿日:2008年 1月14日(月)14時08分0秒
  おまえらは、雲仙普賢岳の火砕流の時に避難した家に土足で上がりこんで電気を
盗み、警戒区域から出るよう要請した警察の言葉を無視して消防団員や警察官を
巻き添えに殺したクズの仲間だろ?

阪神大震災の時に、建物の下敷きになって、助けを求める声をヘリコプター見物
の騒音でかき消したクズや、まだ煙の立っている現場に降り立ち、被災者のそこ
には無くなった方がいるので踏まないでくださいとの声を無視して「まるで温泉
地にきたみたいですね」といいはなったクズの仲間だろ?

日航123便の事故の時に、より悲惨な死体を求めて駆け回り、お棺をまたぎ、あ
まつさえ、棺のふたを開けて中を撮影しようとしたクズの仲間だろ?

新潟地震では、山古志村に入り込み、被災者に混じって救助され、おまけに救援
物資のパンを我先に食い散らかしたクズの仲間だろ?

松本サリン事件の時なんて、あれほど無実の人を犯人扱いしたのに、真相が明ら
かになったら、すべて警察の所為。アレで、責任をとってやめたマスゴミの人間
なんて一人もいない。

戦前は戦争翼賛で、人々を死地に送り込み、戦後は一転して、共産主義におもね
り、文化大革命翼賛。
戦後の混乱の中で、闇市でものを買わずに餓死した裁判官はいたが、マスゴミの
人間でそのように清廉潔白な人間は一人もいない。

人殺しはする、酒飲み運転はする、少女買春はする、脱税はする、放火はする、
詐欺はする、痴漢はする、泥棒はする、大麻は吸う。
捏造記事なんて星の数ほど。
再販制度を批判するくせに、自分たちの再販制度はしっかり維持を主張する。
そういうクズどもの何が「正義」だ。
失せろウジ虫!
 

「非運のボクサー」崔堯三、脳死判定

 投稿者:ミネメール  投稿日:2008年 1月 4日(金)07時46分47秒
  韓国のテレビ放送では、植物人間状態になり気管挿管されてストレッチャーで移動させられる姿をそのまま放映していた。有名人だからだろうが顔も丸出しで病気の状態をそのまま撮影というのにはドキッとさせられるものがある。

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★「非運のボクサー」崔堯三、脳死判定

「リングのだるま」と呼ばれた崔堯三(チェ・ヨサム、36)。しかし、結局、再び立ち上がることはできなかった。
ソウルアサン病院は2日、脳死判定委員会(委員長=李ジョンギョ神経外科博士)を開き、昨年12月25日、
ヘリアモル(24、インドネシア)との世界ボクシング機構(WBO)フライ級インターコンチネンタルタイトルマッチ
を終えた後、意識を失った崔堯三に対して、脳死判定をした。

しかし、母親のオ・スンヒ氏(65)ら家族は、同日、崔堯三の死亡に同意しなかった。2日は崔堯三の父親の
崔ソンオク氏の忌日だ。1996年に死亡した崔氏の死因も脳出血だった。崔堯三は今回の試合を控え、
「父が私に力を与えてくれる」と言ったが、父親の忌日に脳死の判定を受ける奇遇な運命になった。脳死判定後、
死亡宣告が行われるためには家族の同意が必要だ。家族は父親と息子の忌日が重なるのを避けるため、
3日午前0時、崔堯三の死亡判定に同意した。

家族はその前日の1日、平穏を取り戻した様子だった。弟のギョンホ氏は、「兄は最後の12ラウンドを終えた。
試合で勝ったので、人生でも勝つように、締めくくりをよくしてあげたかった」と言い、「何もかも与えて行く。
多ければ9人に臓器を提供する。これは兄の意志だ。兄の身体の一部が他の人に伝われば、その人らを通じて
兄はこの世のどこかで生きていると思う」と話した。また、「少し早めに行くだけだ。兄は結婚しなかったので、
子どもがいないが、最後の瞬間、全国民の関心と愛を受け、惜しむことなく人に与えて行くことになり、結局、
人生の勝者だと思う」と話した。

家族は脳死判定が出る前から最悪の状況を覚悟していた状態だった。2,3日前から崔堯三の顔がひどく
腫れ上がり、肝臓や腎臓などが少しずつ損傷していた。崔堯三は昨年12月31日、ソウル龍山区漢南洞
(ヨンサング・ハンナムドン)の順天郷(スンチョンヒャン)病院から松坡区風納洞(ソンパグ・プンナプドン)の
ソウルアサン病院に移送された。

しかし、脳死判定が出た2日。ギョンホ氏は、「人工呼吸器を外すまで兄は死んだわけではない。だが、
もう人工呼吸器を外さなければならない。これに同意する我々がまるで兄を殺すようだ」と泣き崩れた。

崔堯三が義理の母親と思っていた「ボクシング界の代母」シム・ヨンジャ(65)元スンミンプロモーション会長
をはじめ、最後に行く道を見守るために足を運んだボクシング関係者らも涙を流した。

韓国拳闘人協議会の李サンホ(50)事務総長は、「崔堯三の葬式を拳闘人葬で行う準備をしている」と話した。

崔堯三はリングで死亡した5番目の韓国選手として記録される。1995年、李東春(イ・ドンチュン)が日本で
川益設男との試合後、息を引きとった。1985年には国内アマチュア選手が試合途中に死亡し、1982年には
米ラスベガスで米国のレイ・メンシニーと世界ボクシング協会(WBA)ライト級タイトルマッチをした金ドックが
死亡した。プロボクシングが導入された初期だった1940年代にもリングでの死亡事件が1件記録に残っている。
このほか、1982年には国内で試合をしたフィリピン選手が死亡した。

崔堯三の葬式は3日葬で行われ、殯所はソウルアサン病院だ。5日、火葬した後、京畿道安城市一竹面
(キョンギド・アンソンシ・イルチュクミョン)のユートピア追慕館の納骨堂に遺骸が祭られる。
元世界ボクシング評議会(WBC)フライ級チャンピオンの朴チャンヒ(50)氏が専務を務めるユートピア追慕館は、
崔堯三に特別室を無料で提供することにした。

(東亜日報 JANUARY 03, 2008 04:36)
http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2008010356648
 

アンカツから見た坂本敏美

 投稿者:ミネメール  投稿日:2008年 1月 2日(水)14時17分31秒
   安藤がデビューしたころ、公営名古屋に坂本敏美という名騎手がいた。常にリーディング1位を譲らず、勝てそうにない馬も勝たせてしまう。その不思議な手腕に、安藤も惹かれはしたが、真似たり影響を受けることはなかったという。
「乗る格好なんかは、どっちかというと変なんだ。ペース判断なんかもよくわからないところがあった。それでも勝たせてしまうんだから、天才だったね。だからオレはすごいなと思っても、真似してみようなんて思わなかった。影響を受けたのは、勝ち星は坂本さんより少ないけど、乗り方がわかりやすく、オーソドックスな先輩だった」
 論理を超えた天才よりも論理的な秀才にあこがれる。このリアルさが安藤の個性なのだ。

http://number.goo.ne.jp/others/602/20040520-f1-1.html

 

「高知競馬」という仕事

 投稿者:ミネメール  投稿日:2008年 1月 2日(水)14時08分0秒
  以下、第4部9回目から
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 トクさん=徳留康豊さん(43)=のあこがれだった元名古屋競馬騎手の坂本敏美さん(51)は今、福井県勝山市の身体障害者施設でリハビリをしながら療養生活を送っている。
 私たちが訪ねたのは昨年12月。山の上にある施設の部屋には競馬の写真が張られ、馬の縫いぐるみが並んでいた。

 「トク? 懐かしいなあ。強気な競馬するやつでねえ。ガッツあったなあ。こないだ笠松競馬のレース出てたね。どうなるかなーって思って見てたけど、沈んじゃったね」

 車いすに座ってくるくる動き回って笑う。目元が優しくて、秋の日差しのような穏やかな人だった。

    □────□

 「事故」は昭和60年7月19日、ハイセイヒメに乗った坂本さん=当時33歳=が、3コーナー外側から内に馬を動かしたときだった。

 「その馬、鼻血出てるぞー!」。横を走っていた騎手の声がした直後、ハイセイヒメのひざが、がくがくと震える振動が伝わってきた。坂本さんは「心臓まひだ」と直感する。

 「やばい」。後続にいた6、7頭の馬を先に行かせた後、あぶみから足を外して落ちるように飛び降りると、そのまま馬場にあおむけに倒れた。

 「そこで寝てればよかったんだけど。それが、ほんとは3、4秒だったんだろうけど、もうずいぶん時間がたったような錯覚がして、体を起こして座っちゃったんだよなあ」

 背後に大きな黒い影を感じた後、息絶えたハイセイヒメが乗っかってきた。バキバキバキ…。骨が折れるすさまじい音がして、砂の中に顔がめり込んだ。砂の中で呼吸ができなくなって、「首折れたから、そっと(顔を上に)向けろ」と言った覚えがある。

 医務室に運ばれると、ほかの騎手たちが「大丈夫か、大丈夫か」とおろおろしながら寄ってきて、坂本さんは「ごめんな、ごめんな」と謝った。その中の一人で仲良しの佐治泉太騎手は手を握ってくれ、何度も声を掛けてくれた。 「佐治、悪いけど、おれの靴脱がしてくれる」「としちゃん、としちゃん、足首伸ばさないと脱がせないよ」「おれ、足が動かないよ。おれの右手、どこにある?」

 救急車で病院に運ばれ、手術室で麻酔が効いてきて髪の毛を切られたこと。目覚めた後、どこかで見た調教師がおれの顔を見ているなあと感じたこと。ゴルフバッグの中へファスナーで閉じ込められている夢を何度も見たこと――。

 首から下は完全にまひしていた。ベッドの上に、ゆっくり時間をかけて、真っ黒な絶望と、先行きへの恐怖が襲ってきた。

 「全部覚えてるで、いかんわ」

   □────□

 親友だった佐治騎手は車いす生活になった坂本さんを励まし、車いすを押してくれたり、部屋まで背負ってくれた。

 「その佐治もさ、おれの1年半か2年後にレース中に馬がフェンスに乗り上げて、大けがして、車いすの生活になった。今度はおれが車いすあげることになって…。あいつはそれから酒飲んで生活が荒れてね、『おれは駄目だ、駄目だ』って言ってね。3年半前に病気で亡くなった」

 坂本さんの話は続く。

 【写真】笑顔が優しい坂本さん。福井県勝山市で療養生活を送っている(同市の九頭竜ワークショップ)

(平成15年3月24日付夕刊掲載)

http://www.kochinews.co.jp/rensai02/keibafr.htm

 

裁判官は無責任である

 投稿者:ミネメール  投稿日:2008年 1月 1日(火)15時07分28秒
  裁判エッセイ 13 ●

裁判官は無責任である
弁護士 川口 冨男

 「裁判官は無責任である」という標題は、刺激
的ですが、その意味は、裁判が間違っていても裁
判官が責任を問われることはない、ということです。
つまり裁判官はそのした裁判について「無責任」
なのです。過失があってもそうなのだ、と言います
と、ますます刺激的に響きます。
 たとえば、一審の「原告勝訴」の判決に対し、
控訴審が「被告勝訴」の判決をしたとします。主
張や証拠が全く同じでも、こういうことは結構ある
ものです。論理的にはどちらかが正しく、どちらか
が間違っていることになるはずです。控訴審は、
一審判決を見た上で、それでもその反対の判断
をしたのですから、控訴審の判断の方が正しい
と思うのが常識的ですし、制度上は控訴審が正
しいという扱いを受けることになっていますから、
一審裁判官が「間違った」ということになります。
 では「間違った裁判をした」一審裁判官は責
任を負わなくてもよいのか、ということになりますが、
負わなくてもよいのです。一審裁判官に、たとえな
んらかの過失があっても、責任を負わないでよい
ことになっています。それは何故か、それでよいの
か、一体どういうことかを説明しなければ「無責任」
のそしりを免れません。
    ◇    ◇    ◇
 それは裁判というものが、何ものからも独立し
た裁判官が法律と良心のみに従って自由な心証
により判断するものだから、このような扱いにしな
いと裁判制度そのものが成り立たないことに根本
があります。自由な心証から生じた相違のために、
その度に責任を取らされることになりますと、裁判
官が居なくなってしまいます。自由な心証による
判断そのものが困難になるでしょう。そこで、憲法
や法律は裁判官の独立と身分保障をうたい、ま
た「報酬は、在任中減額することができない」(憲
法80条2項)という規定までもうけて対処していま
す。判例上も、裁判に「是正されるべき瑕疵が存
在したとしても…国家賠償法1条1項の違法」が
あるものではなく、裁判の違法を理由として国家
賠償の請求をしうるためには「当該裁判官が違
法又は不当な目的をもって裁判した」などの特別
の事情が必要であるとされています(最高裁判
決昭和57・3・12)。
 瑕疵のある裁判があっても、国や裁判官個人
に責任を問うことはできないのです。
    ◇    ◇    ◇
 現代社会は、自己責任の世界です。ある決断
をしたものは、その決断に伴うリスクを負わなけれ
ばなりませんし、責任があります。企業買収などと
いう超大型の買い物をする場合には、それが失
敗ということになりますと、財産上の損害を負うと
いう責任や、もろもろの責任を負うことを当然の前
提として、判断者がそういう責任を負うのもやむを
えないとの覚悟のもとに決断するものです。です
から、その決断に正当性が与えられるのです。
 今無責任問題がかまびすしい大阪市の第三
セクターの問題にしましても、あれだけ大きな財政
支出をする決断であり、その失敗は明らかなのに、
責任をとる者がいないところに根本があります。
決断の段階で、その決断についての責任をとる
仕組みを伴っていないのは不健全ですし、正当
性を持ちえません。
    ◇    ◇    ◇
 では「無責任」な裁判官の判断がなぜ正当性
を持ちうるのでしょう。一つは、裁判に間違いがな
いように憲法や法律が歴史的に積み上げてきた、
効果があると実証ずみのいろんな手続を決めて
いることです。審理は公開の法廷で、当事者の
立会のもとで行われなければならないとか、判決
は書面にして理由を付さなければならないとか、
控訴上告ができるといった、がんじがらめの規則
を設けて、裁判に万が一にも間違いがないように
監視し、間違いがあっても是正ができるようにして
います。二つには、裁判官は、厳格な試験に合格
した者に、充実した訓練を施して再度試験をし、
その合格者から適任者を選任することにしてい
ますし、任期も10年間と限定されています(再任
はできます)。
 しかし、実際はこうした制度上の担保だけで、
正当な裁判が確保できるものではありません。な
によりも裁判官が個々の裁判を真摯に、適切に行
わなければ、制度上の担保は絵に描いた餅にな
るのです。
 そしてこの点に関して、碩学の中村治朗元最
高裁判事は、「裁判官の責任なるものは、その独
立性の保障のために、これを他動的に追及する
方法はなく、もっぱら自己問責と自己反省という自
律的方法によってのみ保持されるものであって、
その意味で、高度にモラリッシュなものなのである」
とし、さらに「このような自己問責以外に責任を追
及されることのない権力的地位ほどおそろしいも
のはない。このおそろしさを感じなくなったとき、そ
の人はもはや裁判官としての適格を失ったものと
も言えるのではないか」としています。裁判官は、
こうした自覚を持っていることがなによりも大切な
のです。
 ところで、近々裁判員制度が発足します。裁判
員も裁判官と全く同じ立場で裁判に関与するの
ですが、裁判員に資格は要りませんし、裁判員に
裁判官に求められるような自覚を広く求めることも
現実的ではありません。それやこれやらで、裁判
員制度違憲論が出てくるのです。裁判員制度に
よる裁判が国民の真の支持を受けることができ
るかどうか、注目しなければなりません。

http://www.clo.jp/img/pdf/news_38_03.pdf

 

最初から不平等が確定している

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年12月29日(土)23時37分25秒
  言うだけ無駄、の感も無くはないですが… (峰村健司)

2007-12-29 23:04:10

「専門訴訟体系1 医療訴訟」(塩谷國明 他 編、青林書院、2007年)には、西口元判事による以下の記述があります。

「専門委員制度の導入に当たっては、医療過誤訴訟における医師の専門委員に対する不信感が強いこともあって」(158頁)

「医療過誤訴訟における専門委員の活用については、平成15年の民事訴訟法改正の際、医師に対する不信感もあって、消極的な意見が多かった。」(165頁)

私は最初にこれらの記述を見たとき、眼を疑いましたね。これが、公平を是とする裁判官達の意見か?と。最初から医師を疑ってかかっているんだったら、最初からそう言えばいいのに、と。こんな司法の下で医療をやること自体が自殺行為なのだ、と。裁判官には、傾いた天秤をシンボルマークにして贈呈したいと強く思いましたよ。

福島大野病院事件以降、上意下達組織である検察では、細かい問題は残っているものの、大筋で医療に対する理解が一気に進んだと思いますが、群雄割拠の司法では、医療への理解が遅々として進んでいない感があります。今の時点でなら、いっそのこと裁判官と検察官を全取っかえしたほうが、より公平になるのではないかとすら思います。

http://blog.goo.ne.jp/j-j-n/e/52e6f1790607f76b4cf32797c7ab3d7e

 

仕事がズボラでも問責されない裁判官が、医療に対しては極めて高度な仕事を要求する件について

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年12月25日(火)00時50分24秒
  そういう考えでは医療は高騰か崩壊のいずれかでしょう (峰村健司)

2007-12-24 14:14:38

今頃、輸血や以前の注射針繰り返し使用が原因と考えられる、おびただしい数の肝炎患者は複雑な思いをしているのではないでしょうか。C型患者が60万人以上、未発症キャリアーが推定80万人以上とのことです。そのほとんどが医療行為を介した感染と考えられています。私は眼科医ですが、一時期インターフェロン治療の副作用確認のため、多くの肝炎患者さんと対話しました。ほとんどの方は「感染は運命」という受け止め方をされており、淡々と治療を受けられていました。今回の薬害C型肝炎患者に一律救済がなされた場合に、輸血などで感染したと推定される彼らと、危険性が認識されていなかった時期のフィブリノゲン製剤による感染者との間に生じる、決定的な線引きに対して説明がつきません。

医療行為には(医師の行為も薬の使用も)、当然ながら危険はつきもので、それを受入れる気持ちを持たずに「安全、安心」と叫ぶだけの人々には、医療行為を受ける資格がないと思います。最近叫ばれている医師不足、特に産科医と救急医の不足は、医者が辞めていくとの表現がされていますが、別の見方をすれば、「安全、安心」と叫ぶばかりの人々に施すほどの医療はない、という意思の表れでもあると思います。そして、医療の不完全性を軽く見て、「安全、安心」と叫ぶ人々を、ごく一部の鑑定医や協力医の意見を盾に権力を持って後押しし続けてきたのが、司法だと私は認識しています。権力を持って医療破壊を実践してきた司法こそ、現在の医療崩壊の最大の責任者だと思っています。

実は不完全性については、医療だけではなく司法も同様だと最近特に実感しています。というのは、最近医療裁判判決を読むことが多いのですが、医者勝訴、患者勝訴の別を問わず、中には杜撰な審議によって下されている判決が案外多いからです。いろいろありますが、以前にも紹介したものを例として再度挙げておきます。
http://www.yabelab.net/blog/2007/06/25-110718.php#c65485
これなどは乱審もいいところで、医療過誤で言えば「治療方針に決定的な誤りがあり患者死亡」くらいのインパクトがあります。

それでも司法は法的責任を問われません。司法がこのようなことで責任を問われれば当然ながら司法は崩壊するでしょう。そういう特権に守られて多少ズボラでも咎められることなく業務をこなしている裁判官の方々が、同じく必然的に不完全性を抱えて仕事をしている医師や製薬会社に対して、まるで医療には100%の行為を求めるかのごとく咎めるということが、どうにも不誠実な行為に思えて仕方がありません。

平たく言えば、「自分に甘く他人に厳しい」の謗りは免れないと思います。

http://blog.goo.ne.jp/j-j-n/e/52e6f1790607f76b4cf32797c7ab3d7e

 

千葉亀田救急事件の影響

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年12月24日(月)23時19分3秒
  No.95 僻地外科医さん | 2007年2月15日 14:23 | CID 38910  (Top)


>L.A.LAW様
>うーん様

 現在の裁判制度についておっしゃりたいことはよく分かりますし、今までの議論の流れ、法曹の皆さんの考え方も分かります。

 でも、その上でこの判決はまずいです。

 たとえば同じ事例がうちの病院であったらどうだったか。これは断言できますが100%救命できません。うちの病院で出来ることはせいぜいルートを確保し、挿管下に胃洗浄をして、抗痙攣剤を投与し高次の救命病院へ転送するところまでです。いや、もしかしたらテオフィリン中毒であることすら分からなかった可能性は十分あります。

 当然ブラッドアクセス(透析、吸着療法のために特殊なカテーテルを入れること)は遅れ、それがために高次救急病院へ着いても治療の遅れ(当院から3次救急施設まで救急車で最低40分以上かかります)から死を招いたでしょう。

 優秀なスタッフが数多くいる亀田総合病院だったからこそ「こうすれば、あるいはこうしなければ助かったかも知れない」という議論が出来るんです。

 この判決を許容することは確実に医療の崩壊を招きます。
 なぜならば、標準的医療のレベルを明らかに高く置きすぎているからです。医療レベルが高いことを根拠に「亀田総合病院ならばこれは救命出来たはずだ」では高度医療の担い手が手を引きますし、逆に亀田総合病院のレベルを標準とされれば私達のような中小病院のスタッフが救命救急から手を引きます。どちらに転んでもこの判決は医療崩壊への引き金を引いているんですよ。

 そう言う意味で私はこの判決は被告側弁護士の大きな戦略ミスだと思いますし(つまり、純粋に医学的な側面に的を絞りすぎたこと)、判決を出す方も医療の実情に関して不勉強すぎます。

http://www.yabelab.net/blog/2006/09/12-005947.php#c38910

 

因果関係の判断手法

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年12月24日(月)22時46分48秒
  No.83 YUNYUNさん | 2007年2月13日 00:50 | CID 38404  (Top)


判決の医学的見解の当否については、医師の皆様に議論を続けていただくとして、
No.74 Med_Law さまが提起された法理論の問題。

> 違法性なく (手技の過ちなし)

「過ちなし」が違法性の問題と分類してよいかどうかは疑問ですが、ここでは一応、行為無価値的違法論と善解しておきます。

> 因果関係なく (医療行為に関係なく死亡)
> 結果なく (当該治療行為により死亡が早まった理由がない)

この箇所は因果関係の有無の問題と、(客観的事実としての)結果の発生とを、混同していると思います。
とりあえず、人が死んだということと、医療行為が介在しているので、不法行為か否かを問うべき「結果」はあります。
因果関係が否定されれば、生じた結果について責任を負わない、というだけです。

次ぎに因果関係の判断方法。
「当該医療行為がなかったとしても、同じ時期かそれ以前に死んだ(行為Pがなくても結果Qが生じた)から、因果関係は否定される」との主張かもしれませんが、
「PなければQなし」の公式は作為形式における判断基準であるのに対して、医療の不法行為は不作為形式(適切な治療をしなかったこと)ですから、この公式は使えません。
不作為形式では、「作為義務Pをなせば、結果Qは生じなかった」場合に、因果関係アリと判断されます。

> 非難可能性なく (正当な医療行為、剖検も行っている。詳細を学会報告済み)

「非難難可能性」とは責任の一要素と解するのが通説です。
私見ですが、この「非難可能性」の理論を医療の場面に適用するならば、
医師として十分注意し出来る限りの治療を行っても、不可避的に何割かの確率で発生してしまう合併症・副作用症状の結果について、医師を責めることはできないというする理屈が成り立つと考えます。
Med_Law さまがおっしゃる「正当な」という表現は、違法性がないことと混同されそうですが、行為無価値的に捉えたものとして、追及は避けます。

しかし、事後の事情である「剖検を行った、学会に報告した」(そのほか、警察へ異状死届けをした等)は、民事責任を軽減する事由になるとは思えません。
これは刑法における「自首」に相当する態度と解されますが、自首減刑の理由は、政策目的で国家の犯罪取り締まりを容易にしようする趣旨であって、被害者との関係で犯した行為の責任が軽くなるためではないからです。
民事法の目標は対等な立場にある個人と個人との利害対立の調整ですから、医療事故の真相が解明され今後の医学の発展に役立ったという公益的要素を大きく評価することはできないと思います。

なお、刑法においては、事後的に生じた事情でも、結果発生を阻止しようとする努力(中止犯、救命活動)は被害者の利益になる行為であり、責任軽減事由と評価します。
これを民事に置き換えると、高次医療機関への転送の努力といったことが考えられるかもしれません(これは私見であり、裁判所がどう評価するかは不明です)。

http://www.yabelab.net/blog/2006/09/12-005947.php#c38404

 

引き続き産科破壊行為か

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年12月24日(月)11時55分36秒
  損賠訴訟:出血死「転送義務怠った」 福岡地裁、産婦人科医院に3360万円賠償命令
 出産時の大量出血で死亡したのは医師らが適切な処置を怠ったためとして、死亡した女性(当時39歳)の長男らが福岡市の医療法人「愛育会渡辺産婦人科クリニック」に約4950万円の損害賠償を求めた訴訟で、福岡地裁は21日、約3360万円の支払いを命じた。永松健幹裁判長は「高度医療機関へ早急に転送していれば救急救命治療を受けられ、生存の可能性があった」とした。

 判決によると女性は妊娠中の03年1月、出血があり同クリニック経営の診療所に搬送され、緊急の帝王切開で男児を出産した。しかし産前から産後に多量の出血があり、治療を続けたが呼び掛けに応じなくなった。その日夕に転送先の病院で腎不全などに陥り、死亡した。

 クリニック側は「早期に転院しても死亡回避は困難」と主張したが、永松裁判長は「女性は出産後の診察で出血性ショックに陥っており、早急に高度医療機関に転送する義務があった」と過失を認定。「早期に高度医療機関で治療を受けていれば、生存した可能性が高かった」とした。

 同クリニックは「担当者が不在でコメントできない」としている。【石川淳一】

毎日新聞 2007年12月22日 西部朝刊

http://mainichi.jp/seibu/shakai/news/20071222ddp041040036000c.html

 

医師が去るしかないのか

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年12月23日(日)12時38分7秒
  【断 久坂部羊】医師が去るしかないのか
2007.12.23 03:01

 先日、知人の外科部長が病院をやめた。理由はいろいろあったようだが、医療裁判に巻き込まれたことが大きな原因だ。

 彼は肝臓手術の専門家で、肝臓に転移したがんの新しい治療法に取り組んでいた。医療保険ではまだ認められていないが、徐々に広まりつつある治療法である。

 大腸がんが肝臓に転移して、ほかに治療法がなくなった患者に、彼はこの治療を勧めた。転移の数が多いので、死亡率は20%くらいと説明したが、このまま死を待つよりはと、患者もその妻も治療を望んだ。ところが不幸にして経過が悪く、患者は亡くなった。

 そこに娘が出てきて、そんな危険な治療とは聞いていなかった、父親を新治療の実験台にしたと言い出し、訴訟になったという。

 危険な治療であることは本人と妻には十分説明していたが、妻によれば、娘には「かわいそうなので、知らせなかった」らしい。

 そこで娘を説得してくれればよかったのだが、悲しみに暮れる母親にその力はなかった。

 家族にすれば、ほかにも許せないことがあったのかもしれない。しかし、知人としては、患者を救いたい一心でやったことである。症状が悪化したあとも、知人は不眠不休の治療をつづけた。なのに娘はわかってくれない。

 裁判は結局、医師側の勝訴に終わったが、知人は多大の心労を負わされた。患者によかれと思ってしたことなのに、こんなにも恨まれ、釈明を求められる。そのことに彼は「もう、いやになった」と漏らした。

 大切な身内を失った家族の深い悲しみは、何よりも尊重されるべきである。それは当然のこととしても、何とか患者と医療者の敵対する状況は避けられないものか。(作家・医師)

http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/071223/acd0712230301002-n1.htm

 

本末転倒

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年11月25日(日)14時03分25秒
  ↓yosyanさんのブログより

http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/comment?date=20071125

 

目にまつわるお寺・神社の情報

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年11月18日(日)23時59分10秒
  ↓新井薬師さん以外にもいくつかあります。

http://www.nawari.co.jp/meno/tera_kantou.html

 

大淀病院事件遺族講演より

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年11月18日(日)21時38分17秒
  「産科医療は、過酷で大変な労働環境と言われているのは本当です。
しかし、うまくいってあたりまえで一つ間違えるば、たたかれる。
これを理不尽に考えてはいけないと思うのです。
これはどんな職業でも当たり前のことなのです。」

                      高崎晋輔(25)
奈良女子大6月6日の講義の資料 より

↓リンク切れ

http://kurim.cc.nara-wu.ac.jp/main/learning/intro/070606.pdf

 

それでも働かなくてはならないか

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年11月14日(水)02時48分45秒
  それでも働かなくてはならないか

○○県立○○病院産婦人科長 ○○○○

 医療にまつわるトラブルのニュースを聞かぬ日はない。当院のような東北地方の「牧歌的」と思われているような地域の病院でもそれは全く同様で、いつ自分のことを投書されるかと、悪いことをしているわけでもないのに、なぜか毎日どきどきしながら診療している。

* * *

 ご多分に漏れず、当院でも全県的産婦人科医の減少により、常勤医が二人から一人となり、危機的状況となっている。しかし、地域的に当院での患者制限を行うと、文字通り「道ばたで」産むしかなくなる地域在住の妊婦さんたちが多く、薄氷を踏む想いで、制限なしで分娩、外来、手術に臨んでいる。
 さらには、地域全体としても医師数が減り、地域中核病院で二次救急病院は当院しかないため、周辺市町村からの救急搬送は増えるばかりでもあるのに、当院全体としても医師数が減少。産婦人科だからといって当直免除など要求できる状況にもなく、最低月に数回の一般当直業務も行わざるを得ない。
 いつ自分が倒れても、患者に何かが起こっても、全然不思議ではない。

* * *

 それに対し、患者サイドからの要求は、全く衰えることがないというか、どんどんエスカレートしているとしか思えない。

* * *

 一人で外来診療している状況で「何でこんなに待たされるのか、あの先生もこの先生も私は知っている、早くしろ」と受付での大声が今日も聞こえる。
 日中からぶっ続けての勤務となる当直中、ようやく外来が落ち着いたと思ったら、深夜帯の出産二件。
無事終了したとたんに再び救急外来コール。「高血圧の薬を夕食後飲んだかどうかわからなくなり、二十二時にもう一錠内服、風邪気味なので風邪薬も内服したところ、ふらふらする。血圧を測ったら九〇まで下がっていた。薬を飲み過ぎたときの注意など主治医(開業医)は教えてくれなかった。どうすればいいのか、今すぐ対応せよ」午前三時三十分に家族総出で詰め寄ってくる。
 数時間後には予約だけで八十人以上の外来と午後から二件の手術が待っている。
 「前回出産は安産だったから私は大丈夫」と、妊娠三十七週六日に突然里帰りしてきて分娩予約を取る経産婦。そんな状況では当院では難しいと告げると「県立病院なのに患者を拒否するとは何事か!知事に訴えてやる」
 以上は、すべてここ一か月以内の出来事である。


* * *

 病院はいつからコンビニエンスストア、二十四時間薬局になったのだろう。何でもそろい、いつでも完全な治療が受けられる病院はいったいどこにあるというのか。
 病院に来れば絶対治る、と保証しているのはいったい誰なのか? 治らないのは、合併症が起きたのは、すべて医療ミスか? 日本全国均等な(最高の)医療を受けられないのは、そこに勤務している医師が悪いのか? 地方に医師が足りないのは、医師の自覚レベルが低いのか? 地方の自助努力が足りないのか? 県の職員(公務員)であるから、毎年財政難を理由に給料が他の職員と同様、減らされてくることも我慢せよ、ということか?

* * *

 十数年ぶりの一人暮らしとなる単身赴任の生活は、覚悟していたよりもずっと大変だった。朝食を摂っておかなければいつ昼食がとれるかわからない。一人しかいないということは、絶対倒れるわけにはいかない。健康管理も仕事のうち、と、頭ではわかっていても、あと一分でも眠っていたい。熟睡しすぎていて夜中の緊急コールにでられなければどうする。酒を飲み過ぎてはいけない。夜更かししてはいけない。
 できるか! そんな聖人君子のような生活が! 自分の理性に対して逆切れしそうになる。

* * *

 週末、自宅に戻ると子どもたちが駆け寄ってきてくれる。「一緒に遊ぼう!」「パパは疲れてしまっていて遊べない」と告げてしまうと、とたんに不満そうな顔になることはわかりきっている。よし!と気合いを入れ直して自宅のベルを押す。子育て、家のことを任せきってしまっている妻にも申し訳ないとしかいいようがない。さまざまな話をゆっくり聞いてあげたいが、夜こちらから出てくる言葉は、よほど気をつけていないと「疲れた、大変だ」的なものになってしまう。そうでなければ子どもらと一緒に爆睡してしまう。

* * *

 毎日、どうしようか、自分の将来が見えない。この仕事を続けていくモチベーションが保てなくなりつつある。せめて、「ありがとうございました」という言葉がもう少しだけもらえるなら、もうちょっとならがんばれるかもしれないが。

http://www.jfpa.or.jp/02-kikanshi1/osan03.html

 

裁判官の方の講演(救急医学会にて)

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年11月13日(火)22時05分7秒
  裁判官の方の講演(救急医学会にて)   [雑感]

本日、大阪で開催中の日本救急医学会に参加してきました。 救急医療と刑事訴追というシンポジウムでは、なんと裁判官の方がシンポジストの一人としていらしゃってました。年間400件くらいの判決文を書いているので、私達も多忙であることをわかってほしい、医療の現場はぜひ見てみたい・・・、だけど時間が・・・ というようなことをおっしゃっておりました。私達法律の素人に、刑事裁判と民事裁判の違いなども講演してくれました。 裁判官達の間では、刑事裁判は、外科のようなもので、民事裁判は内科のようなものであると言われているそうです。

特に、私にとって印象深かったのは、民事裁判は、まず金の配分を考えて、そして、現行の法体制に合わせて(つまり、このときに医師の過失を考えることになる)、判決文を書くといっていたことです。
(スライドメモ参照)

民事裁判と医療訴訟

1)民事での医療訴訟は正と悪の構図ではない
2)医療上の損害を金銭に換算するための線引きをするのが民事裁判
3)民事裁判はまず結論を仮定してするもので演繹的なものでない


先に金の配分を決める(=先ず結論を仮定) とは・・・・・

診療のロジックでは到底容認できないような判決文はこうしてできるのだなあととても新鮮であり驚きでもありました。

裁判の勝負には、医療の診療上の不確実性のロジックだけでは戦えないということがよくわかります。

こういう話を聞いていると、裁判の土俵に登ってしまう前に、紛争の火消しをするかという所に訴訟回避の力点を置き、いざ訴訟となったら、発想を変えて戦いに挑むしかないということでしょうね。

この裁判官の方も、「自己責任」という言葉を使っておられました。
(スライドメモ参照)

裁判における自己責任
1)裁判官が「真実」を発見してくれるわけではない
2)主張も証拠も自己責任
  争わなかったら、そのまま事実認定される可能性も高い
  自己に有利な証拠を探し出し、自己責任で主張すべき。

戦いも自己責任ということですね。弁護士の先生と力を合わせて自己主張しなさいということです。

そして、報道でよく言われる表現

「裁判の場で真実を明らかにする」

裁判官の方も、はっきりとこれを否定されておられます。

真実を知りたいという思いから、裁判を起こすのはやめましょう。

医師の学会に裁判官が呼ばれて講演する・・・・・・
このこと事態が普通でないと思いませんか?
普段健康な大多数の方々に、今の医療の危機感が少しでも伝われば幸いです。

http://blog.so-net.ne.jp/case-report-by-ERP/20071016

 

内診禁止の現場から

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年11月12日(月)20時17分32秒
  2007.05.15 23:11 |  診療  |  医療制度 / 行政  |  なな  | 推薦数 : 46
内診禁止の現場から
看護師による内診禁止が再通達されて、1ヶ月がたちます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その晩は、お産が続けて3件ありました。
分娩室には、分娩台が2台あります。
1台では、産後2時間たたない褥婦さんが休んでいらっしゃって、
もう1台では、他の産婦さんが無事お産され、会陰縫合をしている、その時。
陣痛室にいる、分娩進行中の産婦さんから、ナース・コールです。
「何か、出ているんですけれど……」
ナースが陣痛室に向かって約5秒後、悲鳴に近い声が響きました。
「先生!!  早く!」
縫合を中断して飛んで行くと、既に赤ちゃんの頭が出ていました。
一瞬息をのみましたが、落ち着き払ったふりをして
「あらあら。じゃ、ここでお産しましょうね」
と、すぐに手袋を換えて、床上で赤ちゃんを娩出しようとしました。
しかし、全然出ません。
肩甲難産です。
赤ちゃんは首が絞まって、顔がみるみる紫色になってきます。
産婦さんは仰向けになっていますが、背中側に赤ちゃんを引っぱらないと、出ません。
座位にすると、膝が下向きになるので不利だし、
横向きだと充分足が開きません。
そこで、産婦さんの背中の下に、丸めた毛布をねじこんで、
無理やり骨盤高位にしました。
ナースに産婦さんの両膝を押し上げてもらい、私はありったけの力で赤ちゃんを引きながら
恥骨の真上を押しました。
それでも全然肩が出ないので、一旦手を放して、大きく深呼吸しました。
院長先生はご不在ですので、院内にいる医者は私1人、ナースは2人です。
気を取り直して、もう一度、渾身の力を込めて引くと、
何とか赤ちゃんが出ました。
疎血のため、躯幹は蒼白、顔は暗紫色で、ぐったりとしています。
「お願い、泣いて!」
赤ちゃんの背中や足底を思いっきりこすりながら、
「挿管」の2文字が頭に浮かびましたが、
赤ちゃんは泣いてくれました。

第一啼泣まで、3分かかっていいます。
それでも幸いにして、赤ちゃんはすぐに元気になってくれました。
しかし産婦さんには、一生の記念になるはずのお産なのに、
怖い思いをさせてしまいました。
当然産婦さんも私も、羊水まみれ・血まみれ・胎便まみれ。
分娩台にいた褥婦さんは、会陰縫合を中断したまま、お待たせしてしまいました。
ベッドはマットレスごと廃棄です。

私は2件の分娩にかかりきりでした。
ナースは2人ともベテランで、本当は内診ができます。
ナースが内診していれば、
分娩の進行が予想外に早いことを察知していれば、
同じ肩甲難産でもせめて分娩台の上であれば、
あんな修羅場にはならなかったはずです。

この産院では、厚遇で助産師を募集していますが、
ほとんど助産師のいない産院に入れば、大変な負担がかかることは目に見えていますので、
なかなか応募がありません。
言うまでもなく、産婦人科医も足りません。
では、分娩取り扱い、中止しますか?
そうしたら、年間800件のお産が宙に浮くことになります。

為政者に聞きたい。
何故、何の代替措置もないまま、看護師による内診を禁止したのですか。
現場の私たちに、どうしろと言うのですか。
あの赤ちゃんに何かあったら、私たちを罰するのでしょうが、
それで本当に再発が予防できるのですか。

http://blog.m3.com/nana/20070515/1

 

判決文の閲覧方法(裁判記録の閲覧方法)

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年11月11日(日)23時34分2秒
     裁判記録の閲覧は各裁判所の記録閲覧室でできます。
必要なのは、150円分の収入印紙、印鑑、身分証、閲覧したい裁判の事件番号です。
方法はこのページで確認できますが、
http://ranhou.hp.infoseek.co.jp/eturan.htm
現在はこのページの記載と違って、事件番号を検索するコンピュータがありません。
プライバシーに配慮したためとのことです。
原告名と被告名が分かっていれば、事件番号を調べてくれます。
両方がそろっていない場合は調べてもらえません。
例えば、以下の事件では、原告名と被告名から事件番号を調べてもらい、判決文を見ることができました。
http://6429.teacup.com/minemurakenji/bbs?BD=13&CH=5&M=ORM&CID=35
一応注意事項としては、閲覧申請するときに書かされる閲覧申請書も、その裁判記録に綴じこまれるということです。つまり、誰が閲覧したかが記録として残ります。
進行中の裁判の記録も閲覧できるわけですが、時として出払っている場合があります。
なのであらかじめ前日までに裁判所の記録閲覧係に、閲覧可能か否かを電話で確認しておくのが良いです。
 

科学のルールと裁判のルールが両立しない件について

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年10月28日(日)23時36分32秒
  http://www.yabelab.net/blog/2006/10/13-230902.php#c96898

No.188 visitor さんのコメント

脈絡読まずに横入り失礼します。

 『科学的な視点での真実』『訴訟的真実』『神の視点からの真実』の3つの真実について、ステップ内科(教科書)風味に一つのストーリーを作ってみました。

 A君(=被告)とB君(=原告)がいます。いま、お互いに複数の問題(=その検案に関してお互いが知り得た全ての情報)が別々に与えられました。その問題を、A君とB君がそれぞれ加工して設問を作り、その二つを合わせて一つのテスト用紙にまとめ、先生(=裁判官)の前でそのテストを解き合って合計点数を競うというゲームをします。このゲームには次のルールがあります。

<blockquote>
①  A君、B君に始めに与えられる問題には、そのどちらにも、A君に点数が入る問題(被告に有利な証拠)と、B君に点数が入る問題(原告に有利な証拠)、どちらの得点にもならない問題(裁判上、意味を持たない事実)が混じっています。つまり、A君自身が自分の得点になる設問を出すことが出来ます。

②  A君とB君に同じ問題が与えられることもあります。

③  そして、問題を加工する際に、自分にとって不利となる問題の前提条件を伏せたり、問題そのものを隠してしまうことが許されます。

④  ただし、その隠された条件や問題の存在に相手が気付き、指摘された場合には開示しなければなりません。

⑤  前提条件を隠すことで、本来はA君(またはB君)に点数が入る問題やどちらの得点にもならない問題が、B君(またはA君)に点数が入る問題へと、その性質を変えることもあります。

⑥  加工して性質を変えた問題は、その隠された前提条件の開示を指定された時、採点除外されます。

⑦  ただし、問題や前提条件そのものを捏造すると、ペナルティーとして、得点に関係なく負けが決まります。

⑧ 上記の全ての条件は、A君、B君どちらにも適用されます。

⑨  すべての設問の合計点で、A君とB君の勝ち負けを決めます。</blockquote>

 いま、B君がA君に、A君の得点となる問題(ルール①)を出しました。

<blockquote>(設問1) X+Y+Z=7

前提条件  X、Y、Zは自然数。X=3

のとき、Y、Zの値を一つだけ答えよ。</blockquote>

 A君「このままじゃあ、答えが分からないぞ・・。きっと前提条件が隠されているのだ(ルール③)!YかZの値は前提条件にありますか?」
B君「いいえ、ありません。」
A君「それでは、YとZには何か関係はありませんか?」
B君「Y=3Zという関係があります(ルール④)。」
A君「それでは、Y=3、Z=1が答えです。」

 こうして、A君に得点が入ります。

 次に、B君がB君自身に、B君の得点となる問題(ルール①)を出しました。

<blockquote>(設問2) X+Y+Z=9

前提条件  X、Y、Zは自然数。X=3、Y=2Z

のとき、Y、Zの値を一つだけ答えよ。</blockquote>

B君「Y=4、Z=2です。」
A君「ちょっと待ってください!それと同じ問題を僕も貰いました(ルール②)が、『Zは奇数』という前提条件が抜けています!これは元々答えのない、お互いにとって得点にならない問題でした!性質を変えましたね(ルール⑤)?」
B君「前提条件が抜けていました。」

 こうして、設問2はB君の得点とはならず、採点除外となりました(ルール⑥)。ただし、ルール③と⑤に従って前提条件を隠しただけなので、B君にペナルティーはありません。

※これは、本件での≪弁護側証人の尋問では、田中教授が指した記述の2日後に尿潜血を再検査したところ、陰性であったとの記述があったことが明らかになった。≫という、記載に対応しています。

 このようにゲームを進めた結果、A君は15点、B君は18点でこのゲームはB君の勝ちとなりました。


 さて、このゲームで問題になるのは、このゲームには実は下記、、の『3つの異なる満点』が存在することです。

<blockquote>:最初に与えられた問題をお互いが加工・隠匿した設問を、前提条件・問題の開示を一回もしない状態で、すべての設問に全問正解した時の満点

:最初に与えられた問題を、全く加工・隠匿することなくそのまま設問とした時に、すべての設問に全問正解した時の満点

:最初に与えられた問題以外に、実は他にも問題・前提条件があり、その全てを全く加工・隠すことなくそのまま設問とした時に、すべての設問に全問正解した時の満点(=これが、神の視点の真実)</blockquote>



A君    20点    50点     ?(100点)
B君    30点    40点     ?(100点)

※の満点が何点かは不明ですが、便宜上どちらも100点とします。

 このゲームでは、の満点を開始点として定めています。そのため、の満点ではA君に有利なゲームと言えますが、ゲーム開始時点ではB君に有利なゲームと言えます。

 ここに、科学者達は口を出してきます。

 科学者「何だこのゲームは?そもそも、何で問題や前提条件を加工して隠したりする必要があるんだ?始めから、与えられた問題にそのまま手を加えず、の満点の条件で得られた合計点(=これが、科学的な視点の真実)で競う方がフェアではないか!の満点の条件で開始し、結果として得られた合計点(=これが、訴訟法的真実)ではの満点(=神の視点の真実)には程遠いではないか!」

 科学者達がこう言うのには理由があります。それは、科学者達の世界では、そもそも勝ち負けはあまり関係ないのです。それよりも、高得点を取ること(=神の視点の真実に近づくこと)が一番重要な『意味』であるとされています。そのため、の満点(=神の視点の真実)に一番近い、の満点の条件で得られた合計点(=科学的な視点の真実)で競い合うことが当たり前となっており、前提条件や問題の隠匿を行うことは、連鎖的にテストの点数を下げる行為であり、韓国のES万能細胞論文捏造の事件のように、意図的に実験結果を取捨選択することは文献汚染を引き起こす最低の恥ずべき行為であり、『絶対のタブー』とされているからです。

  しかし、この理論をそのまま裁判の場に適用できるのか?というと、これはまた現実的には不可能です。

 なぜなら、実はこのゲームには、A君にだけは『負けた時のペナルティー』と、『問題を加工する権利』=『黙秘権』は外せない、という隠しルールが存在しているからです。

 B君だけなら、負けた時のペナルティーがありませんので、『問題を加工したら(=情報を隠したら)ペナルティーを与える』と、ルール自体を変えてやれば、全ての情報を開示することも、もしかしたら可能かもしれません。

 しかし、『黙秘権』があるA君は、『負けた時のペナルティー』が怖いので、相手の得点になる問題は出来るだけ隠し、自分の得点になるように問題を加工しようとします。

 つまりA君は50点満点(=の満点)、B君は30点満点(の満点)でゲームを行うことになるので、科学的なルールをこのゲーム(=裁判)に適用してしまうとB君にとっては圧倒的に不利なゲームとなってしまうのです。

 もし、A君にも同じ科学的なルールを適用させるためには、『黙秘権』を外してやらなければなりません。しかし、これを外したとしても、A君の『負けた時のペナルティー』はとっても恐ろしいものなので、A君は負けるよりは良いと、こっそりとバレない様に情報を隠してしまうかもしれません。

 これを防ぐためには100%確実な嘘発見器の開発を待つか、『負けた時のペナルティー』そのものを外すしてやるしかありません。これはすなわち、もはや『裁判の世界』ではなく『科学者達の世界』になるということです。

 科学者達の世界では、負けたときのペナルティーはなく、情報を隠した時のペナルティーがあるゲームですので、そもそも適用されるルールが違うのです。

しかし、それを知った上で科学者達は言います。

科学者「とは言っても、で得られる得点(=訴訟法的真実)など、(=神の視点の真実)はもとより(=科学的な視点での真実)よりもはるかに低いのであるから、こんな実態とかけ離れた所で勝ち負けを決めることに一体何の『意味』があるんだ?

 ここで言う『意味』とは、科学者の世界ですので<『神の視点の真実により近い』ということです。しかし、裁判の世界の『意味』『お互いにフェアな方法でゲームの勝敗をとりあえず決めて、ゲームを終わらせること事』であり、そうである以上、Bくんにとって圧倒的に不利となるようなルールは認めることは決して出来ませんので、お互いのやり方しだいで得点がどうとも変わるというある意味ではフェアなルールにせざるを得ないのでしょう。

 つまり、裁判という世界では、ゲームの勝敗を決めなければならない(A君にペナルティーの可能性がある)以上、そこで科学者達のルールを適応しようとするのは不適切なフェアでない方法であり、司法のルールを適応するしかない。ただし、その得られた訴訟法的真実は、科学的な視点の真実よりもはるか点数が低く(=精度が低く)、神の視点からの真実とはかけ離れたものとなってしまい、科学的な世界での『意味』はなくなってしまう

 そして少しでも神の視点の真実に近づきたいのならば、科学的な世界でのルールによってゲームをしなければならない。そこで得られる点数(化学的な視点の真実)は高い(訴訟法的真実よりも神の視点の真実に近い)。しかし、そのためにはA君から『黙秘権』と『負けた時のペナルティー』を完全に外さなければならず、裁判の世界の『意味』がなくなる


ということでしょうか。

 科学的な世界での『意味』と裁判の世界での『意味』は相矛盾する特異点であり、その両方を求めることは不可能です。どちらかを選べばどちらかは捨てなければなりません。それぞれの『意味』はそれぞれの世界で、それぞれのルールに則って求めることが一番フェアな方法なのでしょう。
そして、意識的・無意識的にせよ、現代では医療は裁判の世界での『意味』を求められている以上、そこに科学的なルールと『意味』を求めようとする行為自体に矛盾があるのではないでしょうか?

 かといって、科学者にとっての『絶対的なタブー』である情報隠しには、裁判上はフェアーでも、本能的に嫌悪感を覚えてしまうのが性(さが)なんですが・・・。


 明日の卒試直前のやっつけ理論ですので、穴だらけかもしれませんがご容赦下さい・・・。失礼しました。

http://www.yabelab.net/blog/2006/10/13-230902.php#c96898

 

『裁判所は謝罪をする場所ではない、こころのケアをする場でもない、金額を決める場所です』

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年10月 9日(火)02時47分33秒
  「ただみんなの前で謝って欲しかった」
遺族との和解は成立せず 軽井沢病院の医療過誤軸丸 靖子(2007-07-13 20:06)
「申し訳ありませんでした。和解にならなくて」――。

 13日、東京司法記者クラブで開かれた会見で、被害者の母、鈴木美津子さんはハンカチを握りしめ、涙をこぼしながら謝罪の言葉を繰り返した。

 帝王切開手術で出産後に死亡した長野県北佐久郡軽井沢町の女性(当時32歳)の遺族が、損害賠償と謝罪を求めて同町と担当医を訴えた東京高裁の控訴審和解協議はこの日、「報道陣の前で担当医と町が謝罪する」という遺族の求めに被告側が応じず、不成立となった。

 遺族側は、「担当医が謝罪するのは異例のこと」として事前にプレスリリースを流すなど、この和解に期待を高めていた。それで出てきたのが冒頭の発言だ。

 この日もの別れに終わったことによって、報道陣前の謝罪はおろか、直接の謝罪も、和解での慰謝料決着もなくなった。遺族側は、高裁判決後の上告も辞さない構えだが、謝罪を求めるだけでは棄却の可能性が高く、遺族には傷のみが残る、つらい状況となる。



「和解はできなかった」と涙ながらに語る母親の鈴木美津子さん=13日、東京高裁(撮影:軸丸靖子) 遺族や当時の新聞によると、事件が起きたのは2003年10月。自然分娩から帝王切開に切り替えて男児を出産した女性は、経過不良のためICU(集中治療室)に入ったが、土曜だったため医師は不在、看護師がたまに様子を見に来るだけだった。

 女性は、ICU入室当初から頻呼吸状態だったが、担当医は翌朝までの処置を看護師に指示して帰宅。

 その約3時間後に女性は意識不明となり、当直医(他院から応援に来ていた内科医)・担当医がかけつける前に心停止した。心臓マッサージでいったん心拍は回復したが、近隣の佐久総合病院に搬送され、到着する前に死亡した。

 解剖の結果、死因は、子宮縫合部からの出血多量による出血性ショック死と判明。担当医がかけつけた際に下した「肺梗塞」という診断も、誤りだったことが分かった。

 遺族によると、その後、病院側は医療ミスを認め、記者会見で院長が謝罪したが、その会見が開かれることを遺族は知らされていなかった。

 また、院長が「裁判にしないでほしい。病院を良くするように頑張る。担当医には詫びさせる」と言ったため、提訴はしなかったが、院長が退職して連絡がなくなったため、2005年3月、女性の夫、息子(現在3歳)、美津子さんの3者で東京地裁に提訴した。

 昨年7月の1審判決は、担当医らの過失を認め、計約7256万円の支払いを命じていたが、遺族側は「お金の問題ではない。医師らの謝罪がなければ認められない」と控訴していた。

 高裁では、1審判決を踏まえ、賠償金と遅延損害金、医師らの謝罪を含む内容で和解調書の作成が進められていた。しかしこの日、遺族側が想定していた「協議のあとすぐに、遺族と共同で記者会見し謝罪する」という条項は調書に含まれていない点が指摘され、「そうした前例はない」(裁判所)という理由で、協議不成立となった。

 美津子さんは、報道陣の前での謝罪にこだわる理由について、「部屋の中で、私の前でだけで謝って、納得できるだろうか。担当医と町長が社会に対して頭を下げる覚悟をして、会見室まで一緒に来たなら、部屋に入る前に『もういいよ』と言ったかも知れない。それくらいの価値が娘にはあると思う」

と心情を吐露。

 「これは、医師不足による医療事故などとは全然違う。医師は5分で来られるところにいて、テレビゲームをしていたという」

 「それでも100歩譲って『謝罪してもらえるなら和解する』としたが、謝罪が先。担当医にはまだ一度も謝ってもらっていない。今のままでは最高裁まで行かざるを得ない。やめるきっかけがないのだから」

 と悔しさをにじませ、語った。

  * * *

 この日用意されていた和解調書は、12日の軽井沢町議会を通っており、成立の公算は極めて高かった。その中には謝罪の条項は盛り込まれていたが、今日になって加えられた「公の前での謝罪」の1点で、折り合いがつかなかった。

 その理由として、有吉眞弁護士は、「刑事裁判とのからみ」を指摘する。遺族が2006年7月、軽井沢署に担当医ら3人を業務上過失致死容疑で刑事告訴した件だ。公にミスを認め、謝罪してしまえば、医師らは極めて不利になってしまう。謝るわけにはいかないということだ。

 医療過誤で「医師は絶対謝るな」と言われたのは過去の話。いまは、まず病院長と担当医、リスクマネジャーが真っ先に出て行って、患者・家族に真摯(しんし)に説明し、まず力が及ばなかったことを謝罪する、それから原因を追及する。そうすることによって、事件がこじれる=訴訟になるのを防げる、という考え方が主流だ。

 だが、医療過誤の当事者となれば、冷静でいられる患者・家族はいない。感情的に、医師や病院を責め立てる。だがその一方で、医師も冷静ではない。自分が担当した患者が亡くなってしまった、障害が残ってしまったとなれば、医師本人もうろたえるのがむしろ当然だ。

 そこに損害賠償という要素が加わり、人間関係がこじれにこじれて、訴訟になる。日本の医療界には、裁判にせず紛争を解決する仕組み(ADR)がまだないため、納得できない患者は刑事や民事の訴訟を起こさざるを得ない。そうした法的制裁は、再発防止にはつながっていかない。

 さらに、裁判所も医療訴訟を裁くようにはできていない。この日の会見で美津子さんは、「裁判長には、『裁判所は謝罪をする場所ではない、こころのケアをする場でもない、金額を決める場所です』といわれた」と語った。

 厚生労働省は、診療に関連した死亡については、警察ではなく第三者による中立的専門機関を創設し、そちらに届け出るようにする仕組みについて検討を始めている。この仕組みが、できるだけ早く確立することを願う。医療過誤が訴訟になれば、医師にも患者にも、幸せな結果は生まれないのだから。

http://megalodon.jp/?url=http://www.ohmynews.co.jp/news/20070713/13144&date=20070714210254

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軽井沢病院の医療事故訴訟:控訴審も過失認定 遺族、謝罪求め上告へ /長野
 ◇7256万円支払い命令

 軽井沢町立軽井沢病院で03年10月、同町の鈴木良恵さん(当時32歳)が長男を出産後に死亡した医療事故で、遺族が同町と元担当医に1億8180万円の損害賠償を求めた控訴審の判決が20日、東京高裁(大谷禎男裁判長)であった。大谷裁判長は一審に続いて病院側の過失を認め、約7256万円の支払いを命じた。公の場での謝罪を求めている遺族側は上告する方針。

 控訴審では今年7月に和解協議がもたれたが、謝罪方法を巡って町側が応じず決裂し、判決を迎えた。遺族が「元担当医の謝罪が形式的だ」としていることについて、大谷裁判長は「元担当医は複数回にわたって謝罪をしている。和解成立時に改めて謝罪する意向であったことも認められる」とした。判決は賠償のうち慰謝料についても一審をほぼ支持する内容となった。

 良恵さんの遺影を抱いて判決に臨んだ夫の田中和幸さん(35)は「最初から金額の問題ではなく、納得できる謝罪だけを望んできた。なぜこんな単純なことがいつまでもできないのか。悔しい」と話した。母の鈴木美津子さんも「きちんとした謝罪がなければ娘に報告することができない。このままで終わるわけにはいかない」と涙ながらに訴えた。【谷多由】

毎日新聞 2007年9月21日

http://s02.megalodon.jp/2007-1009-0242-34/mainichi.jp/area/nagano/archive/news/2007/09/21/20070921ddlk20040471000c.html
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軽井沢病院の医療事故訴訟:「町、医師は公の場で謝罪を」 遺族側が上告 /長野
 軽井沢町立軽井沢病院で03年10月、同町の鈴木良恵さん(当時32歳)が長男を出産後に死亡した医療事故で、遺族は4日までに、病院側の過失を認め、約7250万円の支払いを命じた控訴審判決を不服として最高裁に上告した。良恵さんの母・美津子さんは「金額よりも、とにかく町と医師に公の場で謝罪してほしい」と話している。

 遺族は05年3月、「担当医は大量の出血に気づかず輸血などの措置を取らなかった」などとして、町と担当医に約1億8100万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴。06年7月の判決では町と医師に慰謝料など約7250万円の支払いを命じたが、遺族側は「町、医師から謝罪がない」などとして東京高裁に控訴していた。【谷多由】

毎日新聞 2007年10月5日

http://s03.megalodon.jp/2007-1009-0246-11/mainichi.jp/area/nagano/archive/news/2007/10/05/20071005ddlk20040259000c.html
 

少年事件は減少傾向

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年10月 2日(火)02時11分55秒
  50歳代 男性 自営業 福井県

 先日、家裁の皆さんから少年事件について講義を受ける機会を得ました。多少の変動はありますが、事件数は、凶悪なものもそうでないものも顕著に減少傾向にあることを知りびっくりしました。なぜなら、世間ではあたかも激増・悪質化しているかのように報じられているからです。
 そうであれば司法分野を含め戦後の「少年政策」は概ね功を奏しているのに、なぜ厳罰化や対象年齢を低くしたり、あげく教育基本法まで変える必要があるのか全く理解できません。「司法府」と「立法府」の連結回路が、どこでどう誤作動しているのでしょう。
 やっぱり国家は本質的に「税は重く福祉は薄く、刑は厳しく監査は甘く」を目指しているとしか思えません。この素人の率直な質問に対し、担当官の「歯切れの悪い」ご回答が「誠実そのもの」で、ほっと一安心しました。
 ところで裁判所の少年事件の不処分決定など甘い処分の多さが非難の的になっているとのことですが、行政訴訟の「甘い裁断」の多さは、あまり問題になっていないのでしょうか? 場違いなので質問は控えましたが、ここのところで「厳罰化傾向」が進むと、もっと良い社会になると思うのですが。

http://www.j-j-n.com/minasama/20071001.html

 

「確かに盲腸は除去されていますが、腎臓もありません!」

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年10月 2日(火)02時06分22秒
  ところで門脇氏が語ってくれた色々な話の中で、日本人には想像できない事実を一つだけ挙げておこう。

 台湾の高雄に住むご婦人が、中国大陸を旅行中に、西安で急性盲腸炎になり、西安市内の病院で緊急手術を受けた。しかし台湾に帰国後も、どうも傷口が直らず、化膿して痛みが取れない。そこで高雄の病院で診察を受け、再手術をしたところ、医者がこう言ったという。

「確かに盲腸は除去されていますが、腎臓もありません!」

 今、彼女は怒り狂って抗議しているそうで、「そのことが台湾の新聞に最近出た」と見せてくれた。

 臓器密売専門国ならではの話だが、子宮や心臓を取られなくて良かった!御本人に取っては取り返しのつかない、慰めようも無い事実だが、実際にあった「信じられない話」である!北京オリンピックに参加する選手は勿論、応援に出かける日本人も御用心御用心!

http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/20070926/1190767200

 

新島の医療事情

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 9月24日(月)19時25分31秒
  http://megalodon.jp/?url=http://www.jichi.ac.jp/usr/stud/sotsutai/2002_report/nakahara.htm&date=20070924192421  

新島村で

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 9月23日(日)07時55分17秒
  新島村:預金差し押さえられる 医療過誤賠償金支払い巡り

村立診療所の医療過誤訴訟で損害賠償を命じられた東京都新島村 村立診療所の医療過誤訴訟で東京高裁に損害賠償を命じられた東京都新島村が、112万円余りの賠償金の支払いを巡り、約2700万円の定期預金を差し押さえられていることが分かった。原告は東京・渋谷の駅前などに置かれている「モヤイ像」の製作者として知られる同村本村の大後(だいご)友市氏(76)。村側は「原告が受け取りを拒否している」と説明するが、その際に通常取られる法務局への供託手続きは取られていない。

 1月の東京高裁判決によると、大後氏は01年12月、土産品として販売するミニモヤイ像を自宅工房で製作中、誤って左手の中指を石材用研磨機に接触させて負傷。村立本村診療所で診察を受けたが、医師が骨折の事実を見落とした。判決は、適切な治療が行われなかったため、その後の製作に支障をきたしたとして、1審・東京地裁判決(05年12月)の50万円を上回る112万円余りの支払いを村に命じた。

 高裁は仮執行を宣言し、村はこの時点で賠償金を全額支払うか、上告して担保金を積む必要があったが、支払いもせず上告もしなかった。このため、原告側は東京地裁に村の財産の差し押さえを申し立て、同地裁は今年3月、地元信用組合の村の定期預金2700万円余りを差し押さえた。

 原告側はさらに、高裁判決を不服として上告したが、最高裁は6月に上告を棄却、高裁判決が確定した。その後、村側は賠償金を支払う意向を伝えたが、今度は原告が「村は不誠実。謝罪すべきだ」と態度を硬化させ、受け取りを拒否した。

 村側には、東京法務局に供託して債権・債務関係を解消する方法があるが、22日現在、原告側に手続き完了を知らせる通知は届いていない。差し押さえの対象が定期預金のため、直ちに村民への影響はないが、年0・05%換算の損害金が毎日上乗せされている。

 人口3000人余りの同村では、村民が村を相手に提訴するケースはまれだ。原告側代理人の丸山恵一郎弁護士は「村がすぐに賠償金を支払わなかったのは、村相手の訴訟は許さないという見せしめに見える。民間企業なら、差し押さえは即倒産につながる」と村を批判している。一方、出川長芳・同村長は「相手の都合で支払えないと聞いている」と話している。【清水忠彦】

毎日新聞 2007年9月23日 3時00分

http://megalodon.jp/?url=http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/jiken/news/20070923k0000m040136000c.html&date=20070923074914
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担当弁護士の丸山恵一郎に関して
http://www.nagawa-okamura.com/lawyers.html
 

過剰な要求と、原告の訴え棄却

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 9月12日(水)08時47分59秒
  大田市立病院の損賠訴訟:過剰な要求と、原告の訴え棄却--地裁出雲支部 /島根
 大田市立病院で胸の苦痛を訴えたにも関わらずに適切な検査が行われず、早期に肺がんの発見・治療が受けられなかったとして、病院に通院していた同市内の女性(82)が病院を管理する大田市に2200万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が31日、松江地裁出雲支部であり、次田和明裁判官は女性の訴えを退けた。

 判決によると、女性は94年から気管支ぜん息を患い、同病院に通院。01年3月ごろ、ぜん息とは別の胸の痛みを医師に再三訴えたが、医師は必要な検査を行わず、同年6月に受けたCTで医師から告知を受けた。

 女性は肺がんを見落としたことや、突如告知を受けたことに対して病院の責任を訴えていたが、次田裁判官は「被告病院の地域的な特性からくる医師不足などを考慮すると、被告病院に対する過剰な要求。告知方法も配慮を欠くものとは認められない」などとした。女性は控訴する方針。【細川貴代】

毎日新聞 2007年9月1日

http://megalodon.jp/?url=http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/shimane/archive/news/2007/09/01/20070901ddlk32040160000c.html&date=20070912084632
 

ブッシュ大統領の演説より

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 9月 2日(日)16時45分55秒
  『ジョージ・W・ブッシュ大統領による一般教書演説 米国議会、ワシントンD.C.
2003年1月28日
http://japan.usembassy.gov/j/p/tpj-jp0280.html

 第2の目標は、国民全員に質が高く利用可能な医療を提供することである。米国の医療制度は、技術と革新の模範となっており、われわれに長寿をもたらす新たな発見が次々と生まれている。にもかかわらず、多くの人々にとって医療費は高すぎるし、医療保険に全く加入していない人たちも多い。こうした問題は、保険の適用と治療を制限するような国民皆医療保険制度では解決できない。

 そのかわり、われわれは、国民全員が優良な保険に加入し、自分で医師を選び、高齢者や低所得者が必要な援助を得られるような制度の確立を目指さなければならない。官僚や法廷弁護士や健康医療団体(HMO)ではなく、医師や看護師や患者が再び米国の医療を主導するようにしなければならない。

 医療改革は、まずメディケアから始めなければならない。メディケアは、思いやりのある社会に課された責務である。われわれは、米国の医療に変革をもたらしている予防医学や新薬を、高齢者が利用できるようにすることにより、この責務を新たにしなければならない。

 現在のメディケアに満足している高齢者に対しては、現在の制度がそのまま適用されるようにすべきである。そして、皆さんのように、すなわち議員やそのスタッフ、その他の連邦政府職員と同様に、すべての高齢者が、処方薬を提供する医療保険制度を選択できるようにすべきである。

 私の予算案では、今後10年間に、メディケアの改革と強化に、さらに4000億ドルを計上している。メディケアの強化については、民主・共和両党の指導者が何年にもわたって協議してきた。私は、この新たな議会の議員に、今年、行動に出ることを求める。

 米国の医療制度を改善するためには、高額な医療費の最大の原因のひとつに取り組まねばならない。それは、医師や病院が不当に訴えられることを常に恐れていなければならないことである。行き過ぎた訴訟のために、医療費全体が上昇し、優秀な医師が失なわれている。ばかげた訴訟で病気が治ったことはない。私は、議会が医療責任改革法案を可決するよう求める。』

http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20070902#c1188716467

 

救急隊

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 9月 2日(日)12時43分44秒
  救命救急士たちの待機室
http://emt119.net/

パラメディック119
http://www.paramedic119.com/
 

奈良県「たらい回し」第2弾

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 8月31日(金)22時25分40秒
  教授逃散
http://ssd.dyndns.info/Diary/archives/2007/08/post_361.html
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http://megalodon.jp/?url=http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/jiken/archive/news/2007/08/31/20070831ddm041040045000c.html&date=20070831221152
奈良・妊婦搬送中流産:最初要請の病院、受け入れに余力
 奈良県橿原市の妊婦(38)の胎児が救急搬送中に死亡した問題で、橿原消防署(中和広域消防組合)から最初に妊婦の受け入れを要請された県立医科大学付属病院(同市四条町)が、要請から約2時間のうちに、他の2人の妊婦を救急搬送で受け入れていたことが県の調べで分かった。病院に受け入れの余力がありながら、消防とのコミュニケーションの不備などで結果的にこの妊婦の受け入れができなかった。

 一方、大阪府警高槻署の調べで、この妊婦は妊娠24週(7カ月)で、胎児は胎内で死亡していたことが分かった。流産は22週未満で胎児が死亡する場合を指し、このケースは死産に相当する。病名は不詳。【中村敦茂】

毎日新聞 2007年8月31日 東京朝刊
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奈良県立医大の当時の状況
http://www.naramed-u.ac.jp/~gyne/2007.08.28.html

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産婦人科残酷物語8/30
http://sanfujinka.ameblo.jp/sanfujinka/day-20070830.html
産婦人科残酷物語8/31
http://sanfujinka.ameblo.jp/sanfujinka/day-20070831.html
 

御殿場事件、「怒れる男」の不遜

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 8月30日(木)12時20分13秒
  http://angryman.seesaa.net/article/40031011.html

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そこの管理人が、
「疑わしきは罰せずは理想論。
場合によっては物的証拠が見つからなくても被害者の証言のみで有罪と決め付けてしまってよい」
と、キチガイ染みたことを抜かしてやがったから

「じゃあ貴方は冤罪を認めるのか」みたいに書いてコメントしたら見事ブロックされたよ

こんな奴の言ってること鵜呑みにするな
 

患者にとってのトンデモ判決が少ない理由

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 8月30日(木)01時32分32秒
  医療側から見たときに、患者にとってのトンデモ判決が少ないことは、ちょっと考えれば当然なことに思います。

まず、医療者と法曹との間の過失判断について確認します。
http://www.yabelab.net/blog/2007/07/01-134136.php
この例では、弁護士は過失有無の判断が五分五分に分かれています。
医師は97%が過失なしです。
乱暴な推測ですが、もしこのような例で訴訟となれば、2例に1例が過失認定されることになるでしょう。つまり2例に1例はトンデモ判決になります。最初から「不平等条約」のようなものです。

一方、患者側から見たトンデモ判決とは、弁護側が97%過失ありと考える事例で過失なしの判決となったものでしょう。
しかるに、司法は法曹の一部ですから、弁護側が97%過失あり、と考えるようであれば司法判断もそのようになる可能性が高いものと考えられます。

勿論裁判では医療側の論告や証拠もきちんと取り扱われるだろうとは想像しますが、所詮は得体の知れない医療水準を元に裁判官の心証で判断されますから、50:50と97:3の差が縮まる可能性はあっても、たかが知れていると思います。

医療側はそれを良く知っていて、多少は過失があるかもしれない、といったような例では、最初から和解を考えるものと思われます。

以上、医療側から見た場合の、患者側のトンデモ判決が少ない理由です。私は今のところ、医療側勝訴の判決文で、原告側にとってのトンデモ判決だと思ったものは読んだことがありません。疑い例は一つ持っているので、時間があれば読んでみます。

↓どなたか是非反論をください。
http://www.yabelab.net/blog/2007/06/25-110718.php#c72237
 

訂正

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 8月27日(月)23時59分3秒
  メンバーが家裁所長になった話
http://blog.goo.ne.jp/j-j-n/e/8779159f95892ec788bd5a95368b4232

http://peacepowers.cocolog-nifty.com/contents/2005/05/post_0dc6.html

 

日本裁判官ネットワークから

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 8月27日(月)23時01分49秒
  判事の事実誤認(医療裁判件数に関して)
http://blog.goo.ne.jp/j-j-n/e/1ddfefc10f857ae97a1273fb6fcb0249

熊本元裁判官の話
http://blog.goo.ne.jp/j-j-n/e/18d3a48f476d5660e942fc458a9c7dfb

メンバーが家裁所長になった話

http://peacepowers.cocolog-nifty.com/contents/2005/05/post_0dc6.html

 

日本共産党の改憲→護憲への変質

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 8月27日(月)21時50分7秒
  2005/05/08
平和憲法反対論の源流
 今では国民の大半の信仰を集める平和憲法ですが、これが憲法案として検討された1946年の国会では、まだ反対する勢力があったようです。

憲法第二章は、我が国の自衛権を放棄して民族の独立を危うくする危険がある。それ故に我が党は民族独立の為にこの憲法に反対しなければならない。(1946/08/24 衆議院本会議)
 これはある政党の幹部による国会演説です。憲法第二章とはご存知のとおり、第九条のこと。つまり、憲法ができる前から九条にあからさまに反対する勢力があったのです。戦争が終わったというのに「民族独立の為」という言葉に禍々しい民族主義が現れています。

 この政党はいつの間にか護憲政党に看板をすり替えたようですが、それに対する納得のいく説明を見たことがありません。その本質は変わっていないと見ていいのではないでしょうか。

 また、平和憲法の前文は日本語の政治的な言葉の中で最も気品があり、その格調の高さに異を挟む人はいないでしょう。しかしこれにもまた別の政党から言いがかりが付けられています。

 憲法の前文は、何処の国でもその憲法を制定するに至った由来、或はこれを闘いとったと云う誇りを叙して、簡潔荘重にその重要性を宣言するのが普通であります。

 然るに今回御提案の憲法前文、…之を読みますると、洵に冗漫であり、切れるかと思えば続き、源氏物語の法律版を読むが如き感がある。(拍手)極端に申せば、泣くが如く、訴うるが如く、嫋々として尽きざること縷の如しと言いたい。一抹の哀調すら漂って居るように感ずるのであります。(拍手)

 これ果たして経国の大文字と言うことが出来るでありましょうか、私共は現在に生きてこの文字の成立由来を感得致して居りまするから、聊か了解する所がありますが、後世子孫がこれを読みまする時、如何なる印象を受けるでありましょうか。(拍手)

 所謂不磨の大典の前文としては冗漫に過ぎます。牛の涎式である、泣き言の臭いがする。これは遺憾なことであります。(拍手) (1946/06/26 衆議院本会議)

 まったく言いたい放題です。あきれた話です。

 しかし、これらの政党は憲法を誹謗した天罰が下り、今の国会では泡沫扱いされていると聞きます。しかし彼らを議事堂から完全に駆逐して初めて憲政の道が拓けるのではないかと思います。

http://peacepowers.cocolog-nifty.com/contents/2005/05/post_0dc6.html

 

患者への説明は難しい

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 8月26日(日)10時46分2秒
  No.62 座位臥位立位 さんのコメント | 2006年10月06日 01:31 | CID 13391  (Top)

>  しま 様
医療の場合、カルテ開示や領収書発行など、主治医や病院に頼めばやってくれていると思います。
また、自費になりますがセカンドオピニオン外来もありますので、必要な時は利用すると得策です。

病院のチェック機能も、(病院評価機構という怪しい団体以外に)遅ればせながら、着々と行われていると思います。但し、予算の必要なことですので、財政的な無理も生じています。

患者さんに病態を説明するというのは、思う以上に大変なことでして、
例えば、微分方程式を今の高校生に教えるくらい困難なことではあります。患者さんは自分の体のことなので、理解できて当たり前と考えている方も多いですが、素人に対して病態メカニズムの説明をするのは困難なのです。ラーメン屋に行ってラーメンの作り方を聞くとオヤジにどやされますが、私達は説明できないと逆に患者さんに怒られます。ラーメン屋の仕事はラーメンを食べさせることであって、ラーメンの説明をすることではないことが了解できる人でも、医者の仕事は本来は診療そのものであって診療の説明でないことは理解して頂けません。

それでも、出来るだけ説明をし、同様にチェック機能も働かせようとしていると思います。まだまだ足りないのでしょうけどね。

http://www.yabelab.net/blog/2006/10/04-150649.php#c13391

 

誤判と誤診(モトケンさん)

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 8月26日(日)10時32分55秒
  http://www.yabelab.net/blog/2006/10/04-150649.php#c13276  

徳島脳性麻痺訴訟の弁護士報酬

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 8月26日(日)03時04分34秒
  徳島脳性麻痺訴訟
http://www.geocities.co.jp/Milano/1115/hanketsu.html
の弁護士報酬について、以下のように推定して既に某所にコメントしました。

判決に明示された賠償金は、1億624万4969円(本人)+330万円(父)+330万円(母)=1億1284万4969円

これに平成4年7月4日から判決確定(最高裁上告棄却は平成19年2月3日)までの年五分の遅延損害金が、1億1284万4969円×5%×5327日÷365日=8234万5910円

賠償金総額は、1億1284万4969円+8234万5910円=1億9519万879円(!!)

この場合、成功報酬金の基準額は 、1億9519万879円×6%+138万円=1309万1452円

着手金の計算式は成功報酬金の半分で、遅延損害金の計算が変わってくるのではないかと思われますが、低めに見積もって500~600万かと推定しました。

結局、総額で概ね1800~1900万円程度と考えられます。

その後気づいたのですが、着手金は控訴審にも改めて必要であるとか、医療訴訟では増額することがあるなどと、ブログ主さんのサイト内に記されていて、
http://www.jupiter.sannet.ne.jp/czk224/hou.htm
それも含めて考えると、総額はは3000万円くらいかも知れませんね。

うーん、弁護士の仕事って、時に大バクチな仕事もあるんですね。こりゃあ燃えますね(笑)

それにしても、そもそもこの事件での医療費はどれくらいだったんでしょう? 比べてもあまり意味がありませんが…
 

いくつかの意見

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 8月26日(日)01時36分38秒
  an_accusedさん
http://www.yabelab.net/blog/2006/10/29-232428.php#c19037
http://www.yabelab.net/blog/2006/11/23-231315.php#c24335
http://www.yabelab.net/blog/2006/11/23-231315.php#c24373
http://www.yabelab.net/blog/2007/04/16-112210.php#c49225

自分
http://www.yabelab.net/blog/2007/04/16-112210.php#c50732

不思議の医療のアリスさん、Med_Lawさん
http://www.yabelab.net/blog/2007/04/16-112210.php#c55147
 

YUNYUNさんのまとめ

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 8月26日(日)01時08分57秒
  http://www.yabelab.net/blog/2006/10/29-232428.php  

枝野議員、最高裁判事任命の問題

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 8月24日(金)22時38分9秒
  http://www.edano.gr.jp/archive/dpj20051014.html  

日本ネットワーク裁判官ブログへの投稿

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 8月24日(金)01時23分34秒
  医療訴訟に関しては信頼最低です (峰村健司)

2007-08-23 23:43:22

裁判官の労働環境はますます悪化しているようですが、そのような中でも総じて誠実に仕事をされていると私も思います。頭が下がります。

しかし医療訴訟に関しては、医療者側からの信頼は極めて低いものがあります。

医療者から見て「開いた口がふさがらない」判決文をたびたび目にします。
そうなる原因として私が考えるのは、

1. そもそも民法の「過失」概念を医療行為に当てはめること自体が無茶である。
http://www.yabelab.net/blog/2007/06/25-110718.php#c70589
2. 医療行為の過失を減免する考え方として「医療水準」があるのだと思われるが、その判断基準が非常に曖昧で、最近では「被害者救済」的な観点から恣意的に医療側敗訴の道具として使われているように見受けられる判決が出ている。

ということになりましょうか。

私が特に注目したのは、医療訴訟の原告勝訴率が、これまでに乱高下しているという事実です。「専門訴訟大系1 医療訴訟」(小山稔、西口元、青林書院、2007年)に依れば、かつて勝訴率は40%近かったものが、昭和61年には勝訴率が17.6%まで低下し、最近はまた40%前後になっているというのです。このように勝訴率が大幅に変化する訴訟分野が他にあるのか存じませんが、極めて異常ではないかと思います。勝訴率が大幅に変化するのは、「医療水準」という極めて曖昧な概念を用いて判断を下す裁判官の自由良心が、その時代の空気に流されるからだろうと推察します。

特に最近話題になるような不当判決では、「医療水準」と言いながら、実際には「医学水準」で判断するという、医療水準と医学水準の基準のすり替えが多く行われていると考えます。「医療水準」とは文字通り医療の水準であるはずで、そこには投資される資本や投入される人と物、費やされる時間などの全てが考慮されるべきであるにもかかわらず、裁判所の判断はそうではありません。「医療慣行は必ずしも医療水準ではない」などという詭弁を裁判所が使う時点で、医療訴訟における司法への信頼は地に落ちたと言っても過言ではないと思います。財務省が医療費削減を指示し、かつ実際に削減されている現状では、医療水準が低下することは明らかであるのに、金銭的な事情は全く考慮されません。いくら被告医療者側がヒト・モノ・カネの医療水準の限界を主張をしても、「人命がかかわる重大な…」とか「いやしくも医師たるもの…」とかの決まり文句で裁判官の脳内医療水準を押し付けられる例が続発しているようです。

以前も書きましたが、司法が、結果として現在進行中の医療破壊において、破壊者の一員になっていることは事実だと思います。国民の生活の最重要な一分野である医療を、司法が破壊しているという異常事態を食い止める方法を、本来客観的かつ公平を是とする司法関係者の皆様にも探って頂きたいところです。

http://blog.goo.ne.jp/j-j-n/e/0363431d56c423b42346bed5511585a4

 

帝王切開が遅かったの判決

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 8月22日(水)18時01分13秒
  http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=34413&hanreiKbn=03  

毎日新聞の駄文

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 8月13日(月)23時51分22秒
  奈良・ドクターバンク暗礁…4カ月で登録ゼロ 個人情報条例が壁
07/08/13(毎日新聞)

ドクターバンク:暗礁…4カ月で登録ゼロ 個人情報条例が壁----奈良県

 奈良県が産科・小児科の医師不足対策で始めた「ドクターバンク制度」が、空回りしている。結婚や出産、定年などで離退職した後、再び働く意思のある医師を掘り起こして登録、病院に紹介するはずだったが、開始から約4カ月たっても登録医師はゼロ。県は離退職した医師の名簿を持ちながら、県個人情報保護条例が禁じる「目的外の利用」にあたるとして“封印”、積極的な勧誘ができずにいる。

 制度創設のきっかけは昨年8月、同県大淀町立大淀病院で分娩(ぶんべん)中の高崎実香さん(当時32歳)=同県五條市=が意識不明となり、転送先探しが難航した末、死亡した問題。医師不足が深刻な産科・小児科、へき地勤務医を対象に、4月9日から登録受け付けを始めた。医師登録は県医務課職員が「積極的に掘り起こす」としていた。

 バンクを利用した求人は、大淀病院の4人をはじめ、県内の公的病院4カ所から計9人寄せられている。しかし、紹介したくてもできない状態だ。

 県内には、県立医科大学付属病院(橿原市)と五條(五條市)、三室(三郷町)、奈良(奈良市)の各県立病院がある。県とこれらの病院で作る県地域医療センターは、病院間の異動に役立てる目的で、各病院の医師の氏名や連絡先、経歴などの名簿を作っている。名簿上の医師は産科約90人、小児科約140人。

 医務課はこの名簿を活用し、離退職者に連絡・面談するはずだったが、センター側から個人情報保護条例を理由に名簿の活用を拒まれた。

 医務課は「今後、ビラを関係団体に配ったり、該当者に声をかけてもらうなどPRしたい」と話している。【中村敦茂】

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毎日新聞お得意、最悪の紙面展開

自分らの医療破壊を棚にあげるのみならず、自分らが目の敵にしている個人情報保護関連法をここぞとばかりに悪者扱い。

反吐が出る。
 

国谷裕子を許さない

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 8月12日(日)23時08分41秒
  http://blog.m3.com/akagamablog/20070812/1  

裁判における、書面証拠同意について

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 8月12日(日)17時43分31秒
  http://www.yabelab.net/blog/2007/01/26-224939.php#c34672  

村岡兼造さんのブログ

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 7月29日(日)20時51分28秒
  http://blog.goo.ne.jp/kanezou_muraoka  

独協越谷の心臓手術事故

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 7月27日(金)08時24分51秒
  独協医大越谷病院の医療事故:執刀教授に業過致死容疑、県警など書類送検 /埼玉
 ◇「心臓を傷つけた」

 越谷市の独協医大越谷病院で02年、同市内の会社役員の男性(当時67歳)が、心臓手術中に大量出血して死亡した医療事故で、県警捜査1課と越谷署は20日、心臓を傷つけるなどの過失があったとして執刀した同大教授(59)=東京都国分寺市=と当時の主治医(41)=蕨市=を業務上過失致死容疑で、さいたま地検に書類送検した。

 調べでは、教授らは02年10月18日、狭心症だった男性の心臓冠動脈バイパス手術中、心臓の一部に数センチの傷をつけ、さらに人工心肺装置の送血管を挿入する際、血管の内壁に傷をつけた。そのため大動脈の乖離(かいり)による大量出血を引き起こし、男性を死亡させた疑い。県警の任意の事情聴取に教授らは「もっと慎重にやるべきだった」などと話したという。

 事故を巡っては、県警が過失と判断した心臓の傷を、元主治医が術後、遺族に話さなかった経緯がある。傷は4カ月後に内部告発で発覚。以後、遺族は同病院に2度の説明を求めたり、病院を運営する独協学園(草加市)を提訴するなどして真相解明に努めている。

 遺族は「5年近くかかったが一つの区切りになり、墓前に報告できた。病院はいまだに納得いく説明をしてくれない。警察の判断で過失が指摘されたことを、医師個人も病院も真摯(しんし)に受け止めてほしい」と話した。

 一方、毎日新聞の取材に、元主治医は「長い間、遺族に心労をかけたことを申し訳なく思う。外科医は結果がすべてであり、その重責を痛感している」と話した。05年5月、元主治医は遺族とともに男性の墓を参り、翌月独協医大を去った。現在は別の病院で外科医を続け、遺族の起こした民事訴訟に協力している。「大学病院のプレッシャーに負けたのかもしれない。言うべきことを言わないのは間違っていた」と元主治医は話した。書類送検について、同大越谷病院は「コメントはありません」としている。【村上尊一】

毎日新聞 2007年7月21日

http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/saitama/archive/news/2007/07/21/20070721ddlk11100163000c.html

 

患者側代理人の一例

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 7月25日(水)15時10分31秒
  http://tyama7.blog.ocn.ne.jp/obgyn/2006/05/post_4b17.html#comment-4955734  

医療事故~日本裁判官ネットワークブログにて

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 7月23日(月)07時02分21秒
  物議を醸すでしょうね~医事関連でまた刑事事件かも


Weblog / 2007年07月20日


福島の事件に続き,また医事関連で刑事事件になるかもしれませんね。
以下は産経新聞からです。

独協医大で手術ミス 2医師を書類送検へ 業過致死容疑、埼玉県警

 心臓手術ミスで患者を死亡させたとして、埼玉県警捜査1課と越谷署は19日、業務上過失致死の疑いで、手術を担当した当時、独協医大越谷病院(埼玉県越谷市)に勤務していた40代と50代の男性医師をきょう20日にもさいたま地検に書類送致する方針を固めた。
 調べでは、医師2人は平成14年10月18日、狭心症で入院していた同市の会社経営の男性=当時(67)=の冠動脈バイパス手術中、ゴム管と糸で心臓を持ち上げた際、誤って心臓に数センチの傷をつけ出血させた。さらに、人工心肺補助装置のチューブの挿入位置を誤り大動脈を破裂させ、その後の適切な処置を怠り、男性を死亡させた疑い。
 遺族の被害届を受け、県警が捜査を進めていた。遺族は18年4月、病院を経営する独協学園を相手取り総額約8000万円の損害賠償を求める民事訴訟を起こしている。




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コメント




ちょっと待ってください!! (峰村健司)

2007-07-21 23:30:39

私は眼科医ですが、かつては「書類送検」と聞いただけで凄く悪いことをした人間がされることというイメージがありました。しかし「書類送検」は警察が捜査を終了した時点で必ずなされることであって、それは警察が事件を受理して捜査したことを表わすに過ぎないということを、法曹と医者の集うブログを通じてようやく理解したところです。医療とはどんなものかをよく知らない警察が、医療事故かも知れないと捜査をしたことだけを取り上げて、やれ「書類送検」だと言って報道するマスコミもマスコミですが、それを法曹それも判事さんがそのまま引用して「刑事事件かも」などと煽るような書き込みには、正直なところがっかりします。





詳細は不明ですが... (Level3)

2007-07-22 21:02:11

麻酔科医です.
報道の書き方にも問題があると思います.
書かれている状況からしますと人口心肺を使用しない冠状動脈バイパス(OPCAB)で血管を縫い付けている時に血流を調節するために掛けていた糸がカッティングを起こして心臓壁に裂け目ができたものと思われます.そして止血のために人工心肺を接続したところ人工心肺から大動脈に血液を送る送血管のところから「大動脈解離」を起こし,結果的には患者さんが亡くなったものと推測されます.
まず「誤って心臓に数センチの傷をつけ出血させた」ですが,どんな名人がやってもある確率で起こりうる事象である思われます.このようなトラブルは人工心肺を用いて循環を保ちながら修復できれば問題ありません.しかし,ここで不幸にして人工心肺の送血管のところから「大動脈解離」が生じてしまったようです.「大動脈解離」ですが,これも頻度は高くないですが人工心肺の合併症として生じるものです.
「人工心肺補助装置のチューブの挿入位置を誤り大動脈を破裂させた」という表現は「医師が初歩的な失敗をした」とでも言うような書きぶりですが,適切な表現とは思えません.
このような医療の中で起こりうる(おそらくは)合併症と言える事象に対して「業過死容疑」などと言われていては医師は医療が行えなくなります.福島の事件でもそれは「はっきり現れていること」です.
いったい何を考えてこのようなものに「書類送検」を行うのでしょうか?
複数の医療関係者の意見を聞いていれば,もう少しまともな判断ができると思われるのですが.

そのうちに国民が医療を受けたくても対応する医師がいなくなります.このままでは2-3年以内に完全に医療は崩壊するでしょう.
厚労省はADRのための組織を作ろうとしているようですが,まとものものを早急に作らない限り崩壊は避けられないでしょう.今回のような患者さんが心筋梗塞になっても,すぐに処置されずそのままお亡くなりになる時代はすぐに来てしまうでしょうね.その時に気づかれても時既に遅しですよ.





医療関係者の意見を聞いたから、書類送検したのだと思います (峰村健司)

2007-07-22 23:53:50

Level3さん

遺族が「業過致死だ」と告訴すると、実際に人が亡くなっている以上、警察は事件として捜査せざるを得ず、捜査した結果がどんなものであれ、必ずその結果を検察に送致しないといけないことになっているはずです。警察は、捜査の過程で当然医療関係者の話も聞いていると思われ、まあ直感ですが「起訴するような事件ではない」という結果を得たと思います。その場合、警察から検察に事件を送致する際に「不起訴相当」の意見が付けられるはずで、この事件はそのまま不起訴で終了となると思われます(あくまで直感ですが)。
となれば、「書類送検」の意味するところは、「患者関係者が不幸な結果を医者のせいだと考えて告訴し、警察がそれを受理して捜査をして終了した」というだけの意味、さらに言えばその前半の「患者関係者が不幸な結果を医者のせいだと考えて告訴した」という程度の意味であり、告訴に際して患者関係者が医療行為を正しく判断できない以上、医療事故における「書類送検」は、ほとんど報道価値がないシロモノとも考えられます。
福島事件以降にも、医療事故で書類送検されて不起訴になった事件はいくつもあるはずなのに、なぜ今回の事件だけこちらのブログでわざわざ話題にされたのか甚だ疑問です。
 

Dドライブが表示されない

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 7月22日(日)23時03分15秒
  http://pasokoma.jp/bbs8/lg240246  

元検弁護士のつぶやきの書き込み

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 7月22日(日)14時32分10秒
  元検弁護士のつぶやきhttp://www.yabelab.net/blog/2007/06/25-110718.php#c68694への書き込み

No.40 an_accusedさん
 日本裁判官ネットワークブログでの記述に、事実として誤りがないことは承知していて、その点についてan_accusedさんのご指摘には返す言葉もありません。
私としては、福島事件ののちにも医療過誤事件としての書類送検はいくらもあったのに、判事さんが今なぜこの事件だけを取り上げて「福島事件に続き」と書いたのか訝しく思い、判事さんがたまたま医療事故の書類送検の記事を見つけて、パッと飛びついたという雰囲気を私は感じたため、つい文句を言いたくなったという次第です。本質的な問題ではないかも知れず、また言葉足らずだったかも知れず失礼しました。

No.41 psq法曹さん
 1~3については、民法第415条の債務不履行による賠償請求の場合は、時効が10年だという話なので、こちらでの提訴ではないでしょうか。そして、民事の進行が思わしくない等の理由で、当たりをつける意味で刑事事件化を狙ったというストーリーは如何でしょうか?
 4.については、これは既に沢山議論されてきたことですが、全く困った問題です。特に手術においては「誤って傷つけた」はつきものであり、どんな名手であっても100%起こさないで済むはずはなく、医者から見れば想定の範囲内のことです。そして「誤って傷つけた」のあとのリカバリーがまたうまく行かないことについても、100%回避できるものではなく、医者から見れば想定の範囲内のことです。これらのような想定の範囲内の思わしくない結果のことは、医者の間では「ミス」とは言わずに「合併症」と呼んでいます。そして「合併症」の危険性を、手術を受ける患者さんにも甘受してもらえなければ、手術をすることは出来ません。想定内の結果を、甘受してもらえないのであれば、そんな行為は出来るはずがありません。極論すれば、医療行為は「何が起こるかわからない」ものですから、何が起ころうが甘受してもらえないのであれば、そもそも出来ないものなのです。
 しかし、そういう私も医者になりたての頃に、「合併症」という言葉を聞くと「それってミスも含まれているよなぁ」と思ったものだし、今でもそう思う気持ちがあります。例えば手術における「誤って傷つけた」は「合併症」だとは言ってみても、やっぱり「ミス」だと言えばミスとも言えるし、「過失」の意味を広く捉えれば「過失」だと言えないことはないと思います。ただし合併症が起こるかも知れないという事実は、手術をする以上想定内であることは間違いなく、そのような業務に対して刑事の「業過罪」や民事の「不法行為」を適用される以上、「手術という通常業務をこなすこと」=「合併症が起こることは想定内」=「業過罪で有罪になったり、不法行為で賠償を命じられることは想定内」ということになります。そうなれば、医療行為は、通常業務自体に、業過罪や不法行為の賠償を織り込まないとならないことになります。他にこんな職業はないと思われ、異常事態といえるでしょう。
 業過罪のほうは、福島事件以降の検察の態度から、私はあまり心配はしていないのですが、そうは言っても業過罪が存在する限り、実際には薄氷の上の安心とも言えます。民事の方も解決の道は全く見えません。ここからは空想になりますが、こんなことならいっそのこと、応召義務を廃止して、過失不問補償保険に加入している患者だけを診療すれば良いような状況にならないものかとも思います。過失不問補償保険は、民事で賠償が認められたときの賠償額と同等の補償があり、かつもし患者さんが提訴する場合には補償額を全額返還する義務が生ずるような保険です。保険料は莫大なものになるでしょう。しかし、通常業務自体に業過罪や不法行為の賠償を織り込ませしめるような思想を持つ一般の人々に対抗するには、やむを得ないものと思います。
 一方、「誤って傷つけた」は、誰がやっても100%起こさないとは言えずとも、名手がやれば確率は低いし、不器用な医者の場合は起こしやすいことではあるわけで、余りにも合併症が多い医者を制限するような方策は、あった方が良いと思います。名手がごくまれに起こす合併症を甘受し、頻繁に合併症を起こすリピーター医師を咎めるには、運転免許の点数制のような制度しかないだろうと考えています。それでもそのような制度は、刑事や民事と連携させるべきではなく、あくまで行政処分のみの制度であるべきでしょう。

http://ko.wikipedia.org/wiki/FC_%EC%84%9C%EC%9A%B8

 

角膜移植後不可逆的散瞳訴訟

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 7月11日(水)00時23分7秒
  角膜移植術後に散瞳症(瞳孔が開きっぱなしになること)が発症したことをめぐる争い。争点はたくさん挙げられているのだが、判決では、ミドリンPという散瞳薬を過剰投与した過失を認めて、原告勝訴としている。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070508163032.pdf

まず、この症例において角膜移植術後の散瞳症の原因として、判決では

1. 手術後に眼圧があがったことと、
2. ミドリンPという散瞳薬を日中1日6回の過剰投与を10日間継続したこと、
の二つがあげられるとした。これらはいずれも、医学的に因果関係が証明されたものではない。しかし判決では、訴訟上の因果関係の立証手法(高度の蓋然性があると確信できれば良い)に基づいて因果関係を認めた。

なお、散瞳薬は、手術後の炎症によって引き起こされうる「虹彩後癒着」を予防するために点眼するものである。(虹彩後癒着=虹彩がその後ろの水晶体と癒着してしまうこと)

ミドリンPの1日6回投与が散瞳症の原因であると判断した手法は概ね次のとおり。

1. 作用持続時間が7~12日間であるアトロピンというを散瞳薬の使用すると、散瞳症を起こす可能性が示唆されている。(ただし、これに関しては賛否両論であり、それは判決文でも言及されている)
2. 作用持続時間が3~6時間であるミドリンPでも、日中1日6回も点眼して概ね8時~24時に持続的に作用させれば、アトロピンと同様に散瞳症を起こす可能性が予見される。

次に、ミドリンPを過剰投与が過失とした判断は次の通り。
1. 本件のミドリンPの使用法は能書に無い。すなわち目的外使用である。
2. しかし虹彩後癒着を予防する観点から点眼自体には合理性はある。
3. しかし虹彩後癒着を予防するには、普通は1日3回の点眼で十分である(F鑑定人)
4. よって能書の使用法を超えて、必要以上の過剰投与をしたことは過失である。

疑問、

1. いくら訴訟上の因果関係の立証手法を取ると言っても、因果関係に医師の間で賛否両論があるものに「高度の蓋然性」を確信できるのか?

2. 専門家の間で賛否両論である、アトロピンと散瞳症の因果関係を、さらにまた別の薬剤で持続時間も異なるミドリンPに援用して、それで「高度の蓋然性」を確信できるのか?(アトロピンは7~12日間効きっぱなし、ミドリンPを1日6回なら、夜間には効果が切れているし夜間は生理的に縮瞳が強くなる。したがって両者で状況は全然違う)
ちなみにアトロピンの添付文書には、不可逆的散瞳のことは書いてありません。

3. 別の鑑定人は、「1時間おきに投与する場合がある」(E鑑定人)、「1日6回の使用も考えられる」(G鑑定人)と意見している。それを判決文で(恐らく裁判官の判断で)『それは炎症が非常に強くて虹彩後癒着生ずる危険が強い場合に許される』と一蹴しているが、このような判断を裁判官が下すことは妥当なのか?
ちなみに「普通は1日3回の点眼で十分」との鑑定意見は判決文に見られますが、「6回投与は過失」等の意見は見られません。
 

ヤブ医者さんの達観

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 7月 8日(日)21時23分51秒
  http://www.yabelab.net/blog/2007/06/12-001856.php#c60989  

不条理な要求に警察対応

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 7月 3日(火)08時56分40秒
  http://blog.goo.ne.jp/peak1839/e/e499a1c257cf798b2006af5ef33e14ef  

産科医になるあなたへ

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 7月 1日(日)21時29分2秒
  http://community.m3.com/doctor/showMessageDetail.do?messageId=589320&boardId=3&messageRecommendationMessageId=589320&topicListBoardTopicId=62108&pageFrom=showMessageDetail  

衝突公開

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 6月27日(水)17時00分48秒
  http://bewaad.com/2007/06/27/183/  

近隣医師会

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 6月13日(水)18時25分46秒
  世田谷区 http://www.setagaya-med.or.jp/
杉並区 http://www.sgn.tokyo.med.or.jp/index2.cgi
三鷹市 http://www.mitaka.tokyo.med.or.jp/index.html
武蔵野市 http://www.musashino-med.or.jp/
調布市 http://www.chofu-med.or.jp/(タイトル下の「市内医療機関案内」をクリック)
 

大丈夫とは言わない

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年 5月29日(火)22時08分35秒
  http://nihon.matsu.net/nf_folder/nf_koramu/nf_daijoubu_iwanai.html  

teacup.掲示板 START!

 投稿者:teacup.運営  投稿日:2007年 5月29日(火)22時07分8秒
  掲示板が完成しました!
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