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たかしゃん

 投稿者:香里  投稿日:2017年11月10日(金)05時57分49秒
返信・引用
  50年以上の時を経て懐かしい名前をみつけました。前溝隆夫!たかしゃん!私の父親の身内です。時々田並へ帰って来てました。マラソンしている後ろをついて走った記憶があります。  
 

Re: 前溝隆男さん

 投稿者:香里  投稿日:2017年11月10日(金)05時41分31秒
返信・引用
  さぶろうさんへのお返事です。

> 懐かしい名前がありました。前溝隆男さんです。色んな所から抜き出して(検索して)貼り付けました。
> ◎(不二) Takao Maemizo 53戦29勝(15KO)20敗4分(3EX)
>
> ◎前溝さんの事はノンフィクション作家沢木耕太郎さんが書いています。(昨日読んで前溝ートンガで検索したらこのブログに飛んできました。文庫本だと「王の闇」の中に「ガリヴァー漂流」というタイトルで収録されてます、大場、輪島、モハメド・アリの事を書いた3作品と前溝さんの話で1冊になっています)相撲を廃業した後(観客にチリ毛を笑われ嫌気が差したそうです)、プロ野球(高橋ユニオンズ)の入団試験を受けるも球団そのものが消滅⇒ボクシング⇒国際プロレスのレフリーになった人みたいです。本の中(ずいぶん前だと思います)では手紙での連絡が付き、美しい母親の写真1枚は手にしたけれど、それで満足したので愛にはゆかないと決めた。。ってとこで終わってました。
>
> ◎何と幕内だけで32人中12人もの外国人力士だ。外国人力士というと昭和20年代末に四股名は分からないが、トンガ島出身のハーフ「前溝隆男」を思い出す。トンガに居る瞼の母逢いたさに相撲だと叶わないと後にプロボクサーに転身した。全日本ミドル級チャンピオンまで昇ったがその後どうなったのだろう。さて瞼の母に逢えたのだろうか?
>
> ◎「もしもし、ひなたです」
> 「まさみさん?」
> それは、声に覚えのない男性からの電話でした。
> (だ、だれ)
> わからない相手からいきなり名前を呼ばれると、結構ビビるものです(笑)。
> 「……」
> (年配の人みたいだけど、親戚の人かな?)
> 「(私のこと)わかる?」
> (いや、わかるわけないですから~~!
> いきなり、一体どんなクイズだよ~~?)
> 「いえ、わからないです」
> (これって、もしかしてイタズラ電話?)
> 「私、あなたの”ブログのおじいさん”です」
> (ブログのおじいさん???
> え?おじいさんらしき人なら、何人も知ってるぞ~~!)
> と、そのときふと、以前ブログに”ボクシングジムのおじいさん”というタイトルで日記を書いたことを思い出した私。
> (でも、まさか…)
> 「あの~もしかして、前溝さん(元日本ボクシングミドル級チャンピオン)ですか?」
> 「そう!」
> 「え~~~っ!?
> 前溝さん!こ、こ、こんにちは」
> 突然、背筋が伸びる私。
> 「あなた、最近ジムに行っていないでしょ?」
> (今度はまるで”占い師”だぁ~!)
> 「え、あ、は、はい。
> そうなんです。
> 行きたいんですけど、今は忙しくて全然行けないんです」
> 「そうでしょ?
> こないだジムへ行ったとき、出席の表見たら、ずっとお休みだったからね」
> 「申し訳ありません。あの…それでわざわざお電話を?」
> 「いや、色紙をジムに置いてきたから」
> そうなんです。私、前溝さんのサインが欲しくて、ジムに色紙を預けていたのでした。
> 私は大切な人との出会いは、自分の心にしっかりと刻んでいきたいので、通りすがりの芸能人にサインをお願いするようなことはまずありません。(本の著者は別ですが…)
> でも、前溝さんのサインは、珍しく「欲しい」と思ったのです。
> 「サイン色紙ですね♪本当ですか~?」
> 「それでね、あと、私のボクサー経験の中で、一番思い出に残っている試合の写真があるんだけど。結婚してすぐの頃、2回ダウンを取られたあと、カウンターパンチで逆転KO勝ちして新聞に載った写真。一緒に入れておいたから」
> 「ええ~~っ!?そんな写真をいただいちゃっていいんですか?」
> 「ははははは!いいですよ」
> 「ありがとうございますっ」
> その後、オーストラリアで生活されている娘さん(私と同い年)の家の近くは豊かな自然に恵まれていて、カンガルーが普通に見られる、という話をしばらく聞かせてくださり、
> ああいうところへ行けば、ひなたさんなら童話がいくつも書けるでしょう」
> 更には息子のラグビーの話題になると、
>
> 「オーストラリアで娘とラグビー観戦をしたときは、興奮しましたよ。日本のラグビーとはまったく違うんだね。あれはね、完全に”格闘技”だよ」
>
> 「あはは♪それじゃ、血が騒ぎますよね~(何と言ってもボクサーですから…笑)」
> なんて、しばらく楽しい雑談をさせていただきました♪
> (オーストラリアかぁ~。行ってみたいなぁ。カンガルーもラグビーの試合も観てみたいなぁ~。ああ、先立つものが…頑張って働かなくっちゃね♪)そして最後は、
> 「じゃ、またそのうちジムでお会いしましょう」
> 「ぜひまた、しごいてくださいっ!」
> で、電話を切りました。
> そして昨日になってようやく…
> ・・・・・・途中・・略・・・・・・・・・
>
> そして、前溝隆男さんからいただいた色紙は…ビックリ!何と!?手形の色紙でした。
> 前溝さんの大きな手の温もりが伝わってくるようです。このサインのために手を真っ赤にしてくださった、と思うと本当にありがたいです。それから、思い出の試合の写真ですが…
> これまたド迫力の一枚。しっかりと絞り込まれた身体に、ものすごい筋肉が…
> 近くで見ると、相手の人の顔が歪んでいますが、この腕からの渾身のパンチですからねぇ~
> 先日の娘に続いて、私にも色紙の宝物ができました
> 前溝さん、本当にありがとうございました♪
> そんなわけで、私のへっぽこボクシング日記も、不定期ですがまだまだ続くと思います。
> ひなたまさみ  写真が凄い。貼れないのが残念。
>
> 長くなりましたが「前溝隆男」で検索すると出るは出るは、彼はかなり有名人で田並の誇りです。彼が東京でこの掲示板を見てくれるといいなあ。
 

年月は・・・

 投稿者:村上輪樽  投稿日:2017年 6月 3日(土)21時27分48秒
返信・引用
   年月は百代の過客にして我もまた旅人なり・・・

 俳聖、松尾芭蕉の奥の細道の書き出し部分です。
 あの頃の芭蕉ですら、ヒトの寿命のはかなさを痛いほど判っていたのですね。
 明治の頃まで「人生五十年」でした。
 

村上安吉写真展のこと

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 6月 3日(金)15時34分37秒
返信・引用
  田並小学校閉校記念誌文中にも取り上げています、明治時代の田並からのオーストラリア移民「村上安吉」が撮った写真を基にした、「和歌山移民・村上安吉ストーリー」と題した写真展が、和歌山大学付属図書館で開催されます。
期間は2016/06/10~2016/7/29まで。場所は和歌山大学紀州経済史文化史研究所展示室(付属図書館三階)開館時間10:30~16:00。興味の有る方、是非おでかけ下さい。南海電鉄和大前駅からバス4分
 

川柳三句

 投稿者:6丁目25番4の男  投稿日:2016年 6月 3日(金)08時38分55秒
返信・引用
   この俺が80なんてウソだよね   輪樽
 俺だって歳を取るのは始めてだ   輪樽

 この俺が60なんて嘘だよね    輪樽
 (この句は20年前に詠んだ句。毎日新聞の全国版に掲載された)
 

さぶろうさんって♪

 投稿者:  投稿日:2016年 5月30日(月)21時07分37秒
返信・引用
  初めて見ました。
さぶろうさんって
もしかして…?
あの飛行機飛ばしてた?すみません間違えてたら(-^〇^-)
 

(無題)

 投稿者:6丁目25番4の男  投稿日:2016年 2月28日(日)16時13分35秒
返信・引用
  管理人さん、このサイトは、解説以来”まだ8年”だったのですね。私「わたる」クンには20年も
前からあったような気がします。
8年間有難う御座いました。6丁目25番の4とは仮の名前で、本当は管理人さん宅のお隣に住んでいた「わたる」くんです。昭和の名物映画のセリフ「ある時はサラリーマン、ある時はやくざな歌手、してその実態はなんとか」と名物セリフがありました。それを思い出しますね。

二河田浩さんは気の毒でしたね。
今まで有難う御座いました。
 

HP「ちのと」もそろそろ終幕か。

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 2月22日(月)14時58分56秒
返信・引用
  ホームページ「ちのと」は、開設以来本年で八年を迎えます。
最近は、掲示板の投稿も減少し、また新しい記事の追録も残念ながら難しくなりましたので、そろそろ閉鎖の時期も近づいたかなと考えています。
閉鎖を決めましたら、改めてお知らせ致します。
 

寂しいですね。

 投稿者:6丁目25番4の男  投稿日:2016年 1月 6日(水)19時50分32秒
返信・引用
  順調に・行けば来年・80歳。

最近誰も来ていないようです。まるで田並激情のようです。
 

Re: 熊野の宿 梛

 投稿者:6丁目25番の4  投稿日:2014年11月16日(日)20時17分52秒
返信・引用
  管理人さんへのお返事です。

私の当時の結婚式は、自宅での挙式が普通でした。私の花嫁は、あなたのお母様に連れられて、近所に挨拶回りをしました。その節は、お世話になりました。
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母が亡くなって33年、始めて伺ったお話です。当時の披露宴は、自宅でしたね。当日は、その家の庭なども一般に開放してくれました。子供のころ、何度か披露宴を見に行った記憶があります。

当時は、それほど豊かではありませんでしたが、心に余裕があったように思います。

川柳を一句「貧乏な・頃父ちゃんは・威張ってた」輪樽。
 

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