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因果関係の判断手法

 投稿者:ミネ  投稿日:2007年12月24日(月)22時46分48秒
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  No.83 YUNYUNさん | 2007年2月13日 00:50 | CID 38404  (Top)


判決の医学的見解の当否については、医師の皆様に議論を続けていただくとして、
No.74 Med_Law さまが提起された法理論の問題。

> 違法性なく (手技の過ちなし)

「過ちなし」が違法性の問題と分類してよいかどうかは疑問ですが、ここでは一応、行為無価値的違法論と善解しておきます。

> 因果関係なく (医療行為に関係なく死亡)
> 結果なく (当該治療行為により死亡が早まった理由がない)

この箇所は因果関係の有無の問題と、(客観的事実としての)結果の発生とを、混同していると思います。
とりあえず、人が死んだということと、医療行為が介在しているので、不法行為か否かを問うべき「結果」はあります。
因果関係が否定されれば、生じた結果について責任を負わない、というだけです。

次ぎに因果関係の判断方法。
「当該医療行為がなかったとしても、同じ時期かそれ以前に死んだ(行為Pがなくても結果Qが生じた)から、因果関係は否定される」との主張かもしれませんが、
「PなければQなし」の公式は作為形式における判断基準であるのに対して、医療の不法行為は不作為形式(適切な治療をしなかったこと)ですから、この公式は使えません。
不作為形式では、「作為義務Pをなせば、結果Qは生じなかった」場合に、因果関係アリと判断されます。

> 非難可能性なく (正当な医療行為、剖検も行っている。詳細を学会報告済み)

「非難難可能性」とは責任の一要素と解するのが通説です。
私見ですが、この「非難可能性」の理論を医療の場面に適用するならば、
医師として十分注意し出来る限りの治療を行っても、不可避的に何割かの確率で発生してしまう合併症・副作用症状の結果について、医師を責めることはできないというする理屈が成り立つと考えます。
Med_Law さまがおっしゃる「正当な」という表現は、違法性がないことと混同されそうですが、行為無価値的に捉えたものとして、追及は避けます。

しかし、事後の事情である「剖検を行った、学会に報告した」(そのほか、警察へ異状死届けをした等)は、民事責任を軽減する事由になるとは思えません。
これは刑法における「自首」に相当する態度と解されますが、自首減刑の理由は、政策目的で国家の犯罪取り締まりを容易にしようする趣旨であって、被害者との関係で犯した行為の責任が軽くなるためではないからです。
民事法の目標は対等な立場にある個人と個人との利害対立の調整ですから、医療事故の真相が解明され今後の医学の発展に役立ったという公益的要素を大きく評価することはできないと思います。

なお、刑法においては、事後的に生じた事情でも、結果発生を阻止しようとする努力(中止犯、救命活動)は被害者の利益になる行為であり、責任軽減事由と評価します。
これを民事に置き換えると、高次医療機関への転送の努力といったことが考えられるかもしれません(これは私見であり、裁判所がどう評価するかは不明です)。

http://www.yabelab.net/blog/2006/09/12-005947.php#c38404

 
 
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