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「高知競馬」という仕事

 投稿者:ミネメール  投稿日:2008年 1月 2日(水)14時08分0秒
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  以下、第4部9回目から
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 トクさん=徳留康豊さん(43)=のあこがれだった元名古屋競馬騎手の坂本敏美さん(51)は今、福井県勝山市の身体障害者施設でリハビリをしながら療養生活を送っている。
 私たちが訪ねたのは昨年12月。山の上にある施設の部屋には競馬の写真が張られ、馬の縫いぐるみが並んでいた。

 「トク? 懐かしいなあ。強気な競馬するやつでねえ。ガッツあったなあ。こないだ笠松競馬のレース出てたね。どうなるかなーって思って見てたけど、沈んじゃったね」

 車いすに座ってくるくる動き回って笑う。目元が優しくて、秋の日差しのような穏やかな人だった。

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 「事故」は昭和60年7月19日、ハイセイヒメに乗った坂本さん=当時33歳=が、3コーナー外側から内に馬を動かしたときだった。

 「その馬、鼻血出てるぞー!」。横を走っていた騎手の声がした直後、ハイセイヒメのひざが、がくがくと震える振動が伝わってきた。坂本さんは「心臓まひだ」と直感する。

 「やばい」。後続にいた6、7頭の馬を先に行かせた後、あぶみから足を外して落ちるように飛び降りると、そのまま馬場にあおむけに倒れた。

 「そこで寝てればよかったんだけど。それが、ほんとは3、4秒だったんだろうけど、もうずいぶん時間がたったような錯覚がして、体を起こして座っちゃったんだよなあ」

 背後に大きな黒い影を感じた後、息絶えたハイセイヒメが乗っかってきた。バキバキバキ…。骨が折れるすさまじい音がして、砂の中に顔がめり込んだ。砂の中で呼吸ができなくなって、「首折れたから、そっと(顔を上に)向けろ」と言った覚えがある。

 医務室に運ばれると、ほかの騎手たちが「大丈夫か、大丈夫か」とおろおろしながら寄ってきて、坂本さんは「ごめんな、ごめんな」と謝った。その中の一人で仲良しの佐治泉太騎手は手を握ってくれ、何度も声を掛けてくれた。 「佐治、悪いけど、おれの靴脱がしてくれる」「としちゃん、としちゃん、足首伸ばさないと脱がせないよ」「おれ、足が動かないよ。おれの右手、どこにある?」

 救急車で病院に運ばれ、手術室で麻酔が効いてきて髪の毛を切られたこと。目覚めた後、どこかで見た調教師がおれの顔を見ているなあと感じたこと。ゴルフバッグの中へファスナーで閉じ込められている夢を何度も見たこと――。

 首から下は完全にまひしていた。ベッドの上に、ゆっくり時間をかけて、真っ黒な絶望と、先行きへの恐怖が襲ってきた。

 「全部覚えてるで、いかんわ」

   □────□

 親友だった佐治騎手は車いす生活になった坂本さんを励まし、車いすを押してくれたり、部屋まで背負ってくれた。

 「その佐治もさ、おれの1年半か2年後にレース中に馬がフェンスに乗り上げて、大けがして、車いすの生活になった。今度はおれが車いすあげることになって…。あいつはそれから酒飲んで生活が荒れてね、『おれは駄目だ、駄目だ』って言ってね。3年半前に病気で亡くなった」

 坂本さんの話は続く。

 【写真】笑顔が優しい坂本さん。福井県勝山市で療養生活を送っている(同市の九頭竜ワークショップ)

(平成15年3月24日付夕刊掲載)

http://www.kochinews.co.jp/rensai02/keibafr.htm

 
 
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